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イスラエル旅行記11 コラジン、ゲラサ地方、ベトシャンからのエルサレムへ

お待たせしました~。(誰も待ってない?)

イスラエル旅行記もついに11ですよ。やっと時間をとって書き上げることができました。

 

もう2か月もまえのことですが、どうぞお楽しみください。

 

 

この日はツアー最終日でした。

ガリラヤ湖の朝です。

お散歩の途中でパチリ。この日は曇り空のイスラエルでした。

 

朝ごはんを食べて、

バスで移動、コラジンです。

こちらにもユダヤ人の清めのお風呂があります。コラジンはユダヤ教の文化の中でも中心的な場所であったと聞きます。

会堂跡には

モーセの椅子(マタイ23:2)がありました。このことからも立派な会堂だったのかな?と感じました。

ここではとても興味深い話を聞きました。それは、ヘブル語の1という数は単数形ではないという話です。意味合い的には、「ハーモニー」「綺麗な和音」のイメージでみたい。混ざり合っているものでも1つという意味があるということで、父、子、聖霊という三位一体の概念や、男と女が一つになるという夫婦の概念もなるほど!とすんなり入るそうです。

さて、コラジン、ベツサイダ、カペナウムはマタイの11章では呪われた町として描かれています。当時、この3つの町は栄えた町でした。今でいうならば、東京の銀座、表参道、恵比寿とかそんな感じでしょうか?イエス様はそのような場所にたくさんの罪びとと一緒にいました。貧しい人、臭いのきつい人、目をそむけたくなるような人たちを大勢つれて歩いていたのです。銀座に浮浪者がたくさんいたら私たちはどう思うでしょうか?「TPOを考えて!」とか「ふさわしくない」と差別したと思います。まさにそれが律法学者やパリサイ人たちの反応でした。

神様は私たちの心を見ておられるのですよね。悔い改めと神に仕える動機をが大切なことをもう一度思うひと時となりました。

 

だんだん晴れてきましたよ~!

 

バスで移動ののち、ゲラサ地方へ。コラジンやカペナウムから反対岸です。

(この日は前日の雨のため、当初予定していた5千人のパンの奇跡の場所へは立ち寄れませんでした。足元がぬかるんでいるとよくないとのガイドさんの判断でした。もし次にイスラエルに来ることがあれば、ぜひそちらも訪れたいな。)

 

ゲラサは、当時デカポリスの一部で、ローマの支配下にありました。つまり異邦人の町です。イエス様は、この異邦人の町に住む、たった一人の悪霊につかれた男性を開放するために、湖を渡ってきたのでした。(しかも、嵐の中を。)この人は気味が悪く、だれからも愛されない人でした。

聖書を読むと、イエス様は船に乗って向こう岸へ行こうと伝え、嵐にあっています。弟子たちは嵐におじけづき、イエス様に助けを求めます。しかしイエス様は不信仰を指摘し、風に向かって叱ります!(# ゚Д゚)

ですがよく考えてみると、イエス様はすでにこの時に、自分を数時間後に迎えるであろう悪霊つきの男にフォーカスしていたのかもしれませんよね?だから、静まれ!と嵐を叱りつけ、旅を続行させた…と思うと納得がいきます。これがもし弟子だけの伝道旅行だったら、命の危険を冒してまでも嵐の中を湖を渡って会いに行く価値なんてない人ですので、さっさと引き返していたことでしょう。(私が弟子ならそうします。)でも、イエス様は違うんです。

イエス様の愛、どれだけ深いのぉ?

 

と叫びたくなります。

イエス様は、罪人を愛しました。そして自分の生きる意味を知っていたので、このサタンに束縛されたたった一人のためにガリラヤ湖を渡り、対面し、そして解放してあげました。

きっと神様の御旨を計り知れなかった弟子たちは「嵐でやれやれ助かった〜」のあとに悪霊付きの人が出て来たら、一難去ってまた一難と、イエス様といると変な奴までついてくるなぁとかうざったく思ったかもしれませんよね。でも、この時のイエス様の行動一つ一つが弟子たちにとってはすごいロールモデルであり、模範であり、だからこそ弟子たちはペンテコステの後、力を受けた時にはあんなにも大胆に悪霊を追い出したり、イエス様の権威をもって、また愛を持って行動できたのかなと感じました。

 

結局、聖書によるとこの後、悪霊は豚に入り、その豚たちが湖でおぼれ死んでしまったため、現地の人には「どうか出て行ってください」と言われ、後にも先にもイエス様はこちらには来ていません。

 

イエス様はみんなが見捨てて、あきらめちゃった人をあきらめず、見つけ出します。そうやって私も見つけてもらえたことの感謝が、この地で(´;ω;`)ブワッってでてきました。

 

実は、ツアーの参加者全員が、ここで特別な霊的な啓示を受けたりして、後の証し会で分かったことなのですが、予定変更で訪れたのに、実は神様がここに初めから連れてきたかったのだと確信に変えられた時間でした。

 

このゲラサで癒された人は、イエス様についていきたいと願いますが、イエス様はここでとどまるように言います。福音書にはイエス様と一緒に来るように言われる人と、とどまるように言われる人がいます。ですが、単にとどまるのは信仰が足りないとか、準備ができていないということではなく、イエス様はあえて、のちの計画のために残すことがあるという話もありました。ゲラサではこの人がそうでした。

 

この人だけが救いを受けました。きっとこの人はサマリヤの女のように、イエス様の素晴らしさをデカポリス地方で伝えたことでしょう。そしてそれはローマ人やデカポリス地方を通ってシリアやレバノン方面にも伝わるでしょう。もしこの男が留まって福音を伝えなければ、「イエス様は悪霊を豚に追いやった恐ろしい人」という噂だけで終わってしまいます。イエス様の本質的な愛や神様の救いの計画、つまり福音が広がらないわけです。イエスの死と復活は当時の一大ニュースですから、きっとこの悪霊から癒された男の人がそのニュースを知った時、イエス様の福音を地域で伝える大きな役割をしたのではないかと思います。しかも、この人しか直接イエス様に会って癒してもらった人はいないとなったらどれだけこの人の存在意味は宣教的な観点からみても大切だったことでしょう。

イエス様はそんなことまでももう考えて、この人に「あなたはとどまりなさい」と話したのかもしれません。

以上、ガイドさんが話してくれました。

 

ルカ8:22から39までのたった何十節の中には神様の壮大な計画があったのだと気づかされました。

 

説明を聞いた後の景色は、イエス様の愛を受けてまた一段と柔らかく感じました。

 

美味しいご飯を食べた後は、ベトシャンへ。

こちらは模型です。

現在も遺跡の発掘作業をしています。有名なところだとサウル王が殺されて、首を取られるところです。

ローマの雰囲気がすごく出ています。

ローマ兵のための劇場⬇︎ (すごく音響いいのよ)

⬇︎ローマ式お風呂のあと(テルマエロマエの世界じゃぁ笑)

⬇︎ローマ式集団トイレ 笑

 

 

そしてサウル王とヨナタン王子の死体がさらされた丘

(遠くヨルダンが見えます)

 

帰国後、主人と地図をみていると、ベトシャンは本当に栄えた町だったのだとわかります。エルサレムやサマリヤ方面、ガリラヤやダマスコ方面に向かう道がこの町に集中しています。イエス様もおそらく、ガリラヤ方面からエルサレムに行くときは必ず通られたのではないかと思います。

サウル王の遺体を引き取るところのいろいろな話もすごく興味深くてメモってあるのですが、ゲラサの話をたくさん書いたので、そちらはまたいつかってことで…。

 

 

ヨルダン川西岸地区を横目にみながら、一向エルサレムに向かいます。

 

ツアー最終日が静かに幕を下ろそうとしていました。

お宿の猫ちゃん。

結婚式に何を思う?

教会の若いカップルの結婚式にご招待を受けました。

 

高校生の時から知っているお友達夫婦の娘さんが結婚されるなんて、時の流れの速さにただただびっくり。

 

年をとるって、恐ろしぃわ。

 

先日、新郎のバチェラーBBQパーティーがあって、主人もお呼ばれされたのですが、口を揃えてみなさんに「娘が大学生になったら、あっという間に結婚だよ!」と言われ、ちょっとテンション下がって帰宅してたうちの主人。

 

結婚式でも、新婦のお父さんから、

「娘が大学生になるでしょ、目つぶって、それで目あけたら、結婚式だから!」

とダメ出しを受けてました。(笑)

 

やっと大学生と安堵してたけれど、きっとここからの5年とかは、超めまぐるしいんだなと覚悟しました。

 

10年後にはおばあちゃんってこともあるかもしれないかしら?!

 

 

そんなこんなで、今回も結婚式に興味津々の娘二人のために写真を頑張ってとることを託されていた母のなっちゃん。こんな場所で、こんな景色で、ブライズメイドの服はこんなで、新婦のドレスとヴェールはこんなで、飾り付けの花はこんなで…となるべく帰った時に子供達に残念がられないようにと写真をとる予定でした。と、ところが、今回のお式、演出がね、新婦入場でお母様がヴェールをかけるというのがあって、そのひとときをみたら、もうだめ、その時点で涙腺崩壊してしまいました。(もし自分だったらって感情移入しちゃって、耐えられん!!!)

 

てなわけで、写真、少なめになっちゃったんだけれど、幸い、教会の若い人たちがインスタでバンバン写真をあげていたから娘たちはタイムリーに色々と情報をえていたみたい。よかったわ。

 

結婚、出産、人生にはいろいろな節目があると思いますが、そのような時に、その人がどんな家族関係を築いてこられたのか自然と滲み出るように感じました。とにかく、愛に溢れた結婚式で、招かれたことが本当に幸せなことだったんだと感謝の思いがあふれ出ました。

 

美味しいご飯と魔法のような時間にうっとり夢見ごごち。

 

 

 

 

 

 

最後に……自分の腕があまりにもボンレスハム状態だったので、これからしっかり鍛えようと心新たにした夜でもありました。目指せ、(適度に)筋肉美人。2キロ絞ろう!

すっごく久しぶりの遠足

ここ数年、引っ越しや長女の受験、私の体調の変化などがあり、遠足をやめておりました。その代わり、きっちり勉強を終わらせ、オーナーロールを充実させるようにしていました。

 

長女も無事大学生になり、さらに大学生活も落ち着き、私も体調が落ち着いて来たこともあって、あ、そろそろ遠足もしたいなと思いました。

 

今回は久しぶりのお台場、未来館です。

 

数年振りの未来館、展示内容が変わっていたように感じました。

 

新鮮です。

 

 

主に長男と一緒に見回っていたのですが、医療のところでブラックペアンごっこ笑

 

「むずい」と何度も何度も挑戦していた息子でした。

 

今回の特別展は

殺人現場の科学捜査と犯人推理…

 

犯人

思いっきり外してしまいました。

 

コナンくんはやっぱり頭がいいね。

 

 

自分でピンと来て興味を深掘りすることが苦手な息子ですが、今回のコナンくんの企画は面白かったようでした。

 

隣でつぶさに息子を観察していた母のなっちゃんの中で、

「これは、イケる?」と反応をキャッチできたので、

漫画を数冊買ってみました。

(展示場の最後にね、ショップがあって、ずらーって並んでいるのよ)

 

結果、

 

・・・・・・・・・・・・・・気に入って読んでくれています。

 

 

読みが当たったようです。← 母の勘は強し!

 

 

今回はACEのホームスクール家族と一緒に遠足に行くことができて、交流も楽しかったです。また、時々、神さまのタイミングで色々な遠足ができたらいいなぁと思います。

FUNタイム 末っ子編

久しぶりののんちゃんとのファンタイムは

 

 

ピーターラビットの映画でしたぁ❤️

 

 

月一回のデート

ママは筋力アップのためのトレーニングに出てからの映画で眠気に襲われそうになったけれど、なんとか映画に集中できた。

心を合わせて

特に一緒に聖書を声に出して読んで、一緒にディボーションをして、一緒に声に出して祈るということを意識して、夫婦で朝の時間を聖別することをチャレンジしています。

照れくさいし、敵は「そんな一緒でなくても聖書読めるじゃない」と囁いてくるのですが、

負けません(フンっ!)

 

イエス様を二人の真ん中にお迎えするシンプルな祈りを今日は提案して始めました。

 

二人でお揃いの聖書カバー(婚約の時に作った)の小さいタイプの新改訳聖書を読んでいるのですが、寝起きに小さな文字がなかなか厳しく感じる時があります笑

こんなところで年を感じるますが、「一緒に老いて行っているんだな」と感謝に変えて、我慢我慢。

 

二人ディボーションのお楽しみは、このイスラエルで買った地図です。

一通り、聖書を読んでから、イエス様の形跡を二人で確認しています。

イスラエルの景色が鮮やかに蘇るひととき。心を豊かにしてくれます。

今週は遠足あるよ

月曜日の様子です。⬆️

今週は金曜日に遠足の予定なので、5日分の勉強を4日でやることになりました。

なので、今日はTTD(Targeted Test Day)の確認を再度確認し、ゴールカードを一緒にチェックするところから始めました。

例えばこんな感じです。

1日4ページの課題は5日間(1週間)で20ページになりますが、これを4日でするとなると1日5ページという計算になります。いやぁ、全くもって簡単ですね笑

子供の性格や今までPACEをしてきた経験と慣れによるのかもしれませんが、1日の量を増やすよりも、追加の日にちを土日のどちらかに設けるのがいいと思うお子さんもいると思います。

我が家の場合は、長男も次女も土日はPACEをしないという選択の方が、1日のPACEの量が増えることよりも自分に合っているようです。次女に至っては、余裕のある時に勉強しておいて、何かの非常事態な時でも勉強のペースが乱れないように心掛けている感じです。(偉いな~)

 

土日はPACEから離れて、完全にリラックス。友達と遊びに出かけたり、趣味に走ります。朝ものんびり起きてきます。(日曜日は各自教会のボランティアがあるので、割と忙しいけど。)

こうやって『月~金はPACEで週末は切り替える』というオンとオフがわりとくっきりなホームスクールが我が家の特徴なのかもです。

 

土日の夜は、平日撮りためたドラマやバラエティー番組をだらだら見るのがなによりもの楽しみらしいおっさんな子供たちです。

男前な感じでテレビを見ているお姉ちゃんに寄り添う彼女状態のジョエル。

膝枕、うっとり♡

木曜日の夜

夫君と二人、自由が丘へ。

そして、お腹が空いたねと二人でブルーブックスカフェへ入ってみたところ。(お店はこちら

 

非常に雰囲気もよく、美味しかった❤️

 

 

またランチも来たいな。っていうか、自由が丘って、本当に面白いお店が多くって、ぷらぷらお散歩したい。

 

イスラエル旅行記⑩ レバノン国境、シリア国境、ピリポカイザリヤ地域

イスラエル旅行記シリーズ、10まで来ました。

 

「もう一息だぞ!頑張って書き切ろう!」という前向きな思いと、「書き終わったらイスラエル旅行が本当に終わってしまうよ〜😢」という寂しさが入り混じっています。

この日はガリラヤ湖からさらに北方面にバスで移動しました。

レバノンとの国境まで来ました。

国境っていうから、フェンスがあったり、役所的な機関や建物があるのかと思っていたのですが、

案外、ざっくりな感じで「あのトラックが通っている道はレバノンです」みたいな。

この日は晴れていたのですが、遠くの村をよくよく見ると、レバノンの国旗が立っていました。

またまた昔の話ですが、2002年に韓国と北朝鮮の国境付近を訪問した機会があったのですが、その時はそこいら中、「地雷、危険」って書いてあったのね。こう、危険感が空気にこもっていて、ピリピリしていました。一髪触発の緊張感があったのよ。

 

なので、こちらの国境線はそういう感じではなくて、ちょっと拍子抜けというか、なんというか。

 

うん、ゆる〜いね。

 

 

こちらでも、イスラエルの地図を使って、イスラエルの歴史について教えてもらいました。

 

ここ数日、アメリカ大使館がエルサレムに移ったことの反対デモやガザ地区に置けるパレスチナ問題が盛んにニュースになっていますね。イスラエル旅行がなければ、「あ、そう。」とか「アメリカ、何やってんの?」くらいにしか感じなかったかもしれません。(今は、違います。)

 

ここではざっくりと話すのですが、パレスチナという言葉というのは、ユダヤ人の彼らにとっては突然降って湧いてきた言葉な感じに聞こえるそうです。歴史的に遡り、紐解いていっても、ユダという地区については、=ユダヤ人の地域としての認識があり、頭の中で地域と民族が繋がる言葉なのですが、対してパレスチナということばはローマ帝国の作った言葉であって、ペリシテが語源となっています。ペリシテは地域の名前であり、人種的にはギリシャ人が祖先です。つまり、アラブでも、ユダヤでもないのだそうです。

19世紀までは、国というメンタリティーもなく、構想的はユダヤVSアラブって感じで、ユダヤ民族、アラブ民族の誇りはあるけれど、パレスティナ人の誇りとかそういうものはなかったそうなんですね。

しかし、第一次世界大戦、第二次世界大戦を経て、ベトウィン(アラブ)を守るためにレバノン、イラク、ヨルダンと国々が次々に作られてしまい、国連の仲介はあるものの、いろいろユダヤ人としては我慢しなければならないことになっていると…。

 

これ以上は、ガイドさんの個人的な意見とか、ここに書くと政治的な話になりすぎてしまうので、やめておきますが、ニュースだけでは分からない、国内の生きている人間の意見にも耳を傾けることはとても大切だと思います。

 

ユダヤ人として残念で祈っているのは、レバノンはクリスチャンの国だったのに、そこから変わってしまったことだそうです。ニュースの報道では、イスラエルが攻撃すると、赤ん坊や病院を攻撃したと批判されるそうですが、それはアラブ人の戦略で、彼らは人間を盾にする戦略なのだそうです。わざと武器庫を学校や病院に作るそうなのです。

 

本当にイエス様の介入がないといけないですね。そしてユダヤ人の神への立ち返りを心から祈ります。

 

ツアーのみんなで祈る時間を持ち、そこから、テル・ダンへ

この日も暑ぅぅい1日でした。(注 3月下旬です)

水が綺麗な場所です。ヘルモン山からの雪解け水が、石灰石・玄武岩のフィルターを通して濾過され、イスラエルの飲み水となっているそうです。こちら、この水がガリラヤ湖へ流れます。

ダンは王国分裂後、ヤロブアムによって王国の中心となった場所です。

残念なことにこちらで偶像礼拝を献げ、イスラエル王国は衰退してしまします。

この大きな木は、イスラエルの歴史をたくさんみて来たのでしょうね。

イスラエルは神様に選ばれた民族であるにも関わらず、自ら神を捨てました。私も、今、クリスチャンとして接ぎ木されているものですが、イスラエルさえ切り捨てた神様は、私なんぞいとも簡単に折ってしまうことなど可能です。ですが、神様はそれでも見捨てずにいてくださる。なんと、神様の愛は深いのでしょうか?

イスラエルの失敗の歴史から、主権とは何か?自分は何者なのか?がますますクローズアップされるような気持ちになります。

 

そして、ダンといえばアブラハムがロトの敵を追って来た場所でもあります。

こちら、まさにアブラハムの時代の遺跡だそうです。

石でできているからでしょうか?未だに残っています。

やはり、歴史大好き人間である主人は、紀元前4000年の遺跡とあっては写真をとらずにはいられません。

 

アブラハム時代にタイムスリップできるなんて、感動でしかないです。

 

そして、こちらも、古代の門。

ガイドさんか、イスラエル文化にとって門の大切さを語ってくれました。

門は交流場所、情報をもらう場所、とっても重要な場所でした。それぞれの街で何が起こっているのか、他の場所で何が起こっているのか、知ることができるのが門でした。ダビデも戦場の勝敗の知らせを門で待ってましたし、ルツとボアズの結婚の儀式も門でしたね。

 

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そして、またそんなに遠くなところのピリポ・カイザリアへ。

 

ピリポカイザリアはイエス様が公生涯の最後の方で伝道していた場所でもあります。エルサレムやガリラヤ湖周辺では、イエス様を捕らえたい雰囲気が高まる中で、こちらの方で弟子たちと最後の時間を過ごしたのでは?と推測されます。

ピリポカイザリアは自然も豊かでのんびりとした田舎な感じです。と同時にローマの戦略的都市でもあった(他国との貿易などにおいて)ので、人も多くいたそうです。イエス様がそのような中で神様の思いを伝え、弟子訓練されたのだなと思うと親近感が湧きます。

写真の裏側にはハデスの門と呼ばれる遺跡があります。

マタイ16:18-19
ではわたしもあなたに言います。あなたはペテロです。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。ハデスの門もそれには打ち勝てません。
わたしは、あなたに天の御国のかぎを上げます。何でもあなたが地上でつなぐなら、それは天においてもつながれており、あなたが地上で解くなら、それは天においても解かれています。

イエス様は、この直前に、こちらで、ペテロと大切な会話をしますね。

マタイ16:13-16
さて、ピリポ・カイザリヤの地方に行かれたとき、イエスは弟子たちに尋ねて言われた。「人々は人の子をだれだと言っていますか。」彼らは言った。「バプテスマのヨハネだと言う人もあり、エリヤだと言う人もあります。またほかの人たちはエレミヤだとか、また預言者のひとりだとも言っています。」イエスは彼らに言われた。「あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」シモン・ペテロが答えて言った。「あなたは、生ける神の御子キリストです。」

この時のペテロは大胆な信仰告白に至りました。この後、ペテロは失敗してしまいますが、でも、ここでのイエス様の会話は、ペテロには忘れられないものだったと思います。まさにあれは聖霊が話させてくれたものだとのちにはっきりしたことでしょうね。

 

イエス様は、みんな裏切るとわかっていて、それでも、ペテロを励まし、育てることを諦めませんでした。イエス様、愛が深すぎです。

 

その後、少し山の方へバスで移動、変貌山付近の場所です。

イエス様は、ここに特別な3人の弟子だけを連れてきました。たしかにここは山深く、静かな場所です。

イエス様は人がたくさんいるところ、異邦人がいるところ、構わずに出かけましたが、ひっそりと静まることもされました。

イエス様はピリポカイザリやに入って1週間ほどでこちらを訪れたとされています。十字架にかけられることを知っていたイエス様はモーセ(=100万人の人と40年も荒野で生活しなければならなかったリーダーで約束の地を前にして死んでしまった)やエリヤから励ましを受けたのでしょうか?人として助けや励ましを求めるイエス様の姿に謙遜を感じます。

こちら、十字軍から守るためのアラブ系の要塞。誰がどのようにということは忘れてしまったのですが、9世紀ごろから残されているそうです。

断崖絶壁にたてられた要塞。

よく、私たちもエリヤハウスなんかで「心の要塞」なんて心の状態を表現しますね。実際に要塞をに入り、その入り組んだ構造をみて、姉妹たちと「実際にこうやって見ると、要塞って崩すのに時間がかかりそうね。」「イエス様も私たちの心の要塞を神様のパーフェクトなタイミングで崩してくれるんだね」と話をしながら後にしました。

そんな要塞の中での写真をパチリ。

 

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そしてこの日の最後は、シリアとの国境まで行きました。ゴラン高原です。

ここは 涙の谷 (Tear of Valley)と呼ばれている場所です。

 

この日は過越の祭りの休暇が始まっており、学校がおやすみとのことで子供達や家族づれがたくさんいました。

 

こちらでは、1973年の6日間戦争について話を聞きました。実際、こちらはその時の戦場で、戦死者を記念しての公園となっていました。

子供達が戦車で遊んでいますが、これも、大切な教材だそうです。

 

 

この6日間戦争はまさかの不意打ちの戦争で、シリアとエジプトによる突然の攻撃だったそうです。結果的には勝利をおさめ、国土も守られたのですが、非常にショッキングな出来事で、彼らに与えられたインパクトが強かったそうです。

 

安息日にガイドしてくださったアリエ先生も戦争には参戦したそうです。

 

その時ガイドしてくださったツリエル先生は、私たちが高慢になって神をないがしろにしたので、このように打撃を受けたのだと懇々と話してくださいました。

 

今の時代、色々ハイテクで、私たちが知れる情報も多くなってきている時代において、神様なんか忘れがちですが、そのような人間的な戦略の背後に神様がおられることを語ってくださったツリエルさんだったのでした。

今、個人的には歴代誌を読んでいます。そして「ここに書かれていることを、昔話と思わずに現代に置き換えて考えることのできる信仰を私にもください」といつも祈っています。

イスラエルに行くと、現実のことと聖書に書かれていることを一つにして捉えることができるのが、不思議です。

 

イスラエルマジックですね。

 

 

ちなみに、この場所、日本の外務省のホームページでは行かないようにと書かれているらしい(笑)です。

 

のんちゃん、ハピバ!

先週はのんちゃんの誕生日でした。

今年は家族だけでお祝いしました。

誕生日当日は、アイスクリームケーキでお祝い。プレゼントもその日に欲しいなということで、渡しました。

 

翌日、のんちゃんの希望で中華街でお食事。中華街、近いのにめったに行かないんだよね。

 

子供達の食欲半端ないため、食べ放題のヤムチャはお財布に優しいです。

 

 

子供達3人がティーンなのも、今年と来年だけになりました。

 

それぞれに、色々な用事で忙しく、家族で集まって喋ることも少なくなってしまいました。

 

次にこうやって外食できるのはいつかしら?

母の日わず

最近、暑ぅぅい日が続いてますね。

ジョエルさんも冷えを求めて、床に直接ゴロリンの季節になりました。

 

日曜日は母の日でしたね。

 

前日は次女の誕生日で、中華街でご飯が食べたいリクエストでした。大雨の中、中華街で飲茶をいただき、たらふく食べて帰ってきました。

そして、家に帰るとお花がサプライズで用意されておりました。

 

そして、

子供たちからカードとジム用の水筒をいただきました。あと、かわいいメモ用紙も。お小遣い、そんなにたくさん上げていないのに、こんないいものもらって、「親を敬いなさい」という言葉を信仰で示してくれる神様を愛する子供たちの母で幸せです。

 

 

心からありがとう♡