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イスラエル旅行記⑨  ガリラヤ湖周辺

こんばんワニ!🐊

久しぶりのイスラエル旅行記です。なかなか終わりませんが、もう数日続きま〜す。お付き合い、よろしくお願いします。

前日、エルサレムから移動し、ガリラヤ湖畔のホテルに到着しました〜。

これから数日、ガリラヤ湖やイスラエル北部を旅します。

 

この日は前日の長い移動もあったため、ガリラヤ湖畔をぐるぐる回るコース(=つまり移動時間が短い軽め)の日でした。

 

こちら、山上の垂訓の丘です。

前にも書きましたが、四国ほどしかないイスラエルという国は南北で気候が全然違うのですね。

南は砂漠ですが、北は緑が生い茂っているとても美しい季節のイスラエルです。

向う側にガリラヤ湖を見下しながら、自然いっぱいの丘の上を歩き、イエス様の教えを思い起こす時間をとりました。

きれいなお花たち。

山上の垂訓(マタイ5章から7章)は個人的に思い出のある聖書箇所です。

その箇所を聖書を片手に読みながら、湖に向かって歩きました。

イエス様の声が聞こえそうな気がしました。その時の情景を肌で感じ、においや温度も、5つの感覚すべてを使って取り込みたい気分でした。最高に贅沢な時間でした。

娘の名前の由来になった「野の百合」(ルカでは野の花)はありませんでしたが、そこら中に花が咲いていて、イエス様はこんな野の花をみて、慈しみを感じ、かわいらしいと感じ、そして、愛でられたんじゃないかと感じ、私も同じ気持ちになりたいと思いました。

 

ゆるゆる歩きながら、湖の岸辺へ。

ここは、ヨハネの福音書21節でペテロが復活のイエス様に個人的に出会い、話をし、そして「愛しますか?」「愛します。」「私の羊を飼いなさい」と三度やりとりをした場所です。

 

イエス様を3度裏切ったペテロ。そして、和解をする間もなくイエスさまは死なれました。その時のペテロの心情はどうでしょうか?思いめぐらす貴重な時間となりました。

個人的なことですが、私は次女を出産後、自分の容体が急変し死の淵をさまよった経験があります。そしてその時私が主人と最後にした会話は

「愛してるよ」とか「ありがとう」といった相手を思いやる言葉ではなく(笑)

「お父さんとお母さんに娘の誕生を知らせておいてね」

「子供たちの保育園の迎え(当時はホームスクールしてなかったの)、よろしくね」

といっためっちゃ事務的な会話で、私の容体が安定し、主人ともう一度再会した時に涙を流して喜びあったのですが、

最期の会話があんなにならなくて本当に良かった

 

と心底安心したのを覚えています。

 

湖畔では、その時の自分の気持ちにペテロの気持ちを重ねてみたりもしました。ペテロも「あの場面でイエス様との関係を終わらせたくない」というそんな気持ちだったのかな?と思いました。

個人的な見解ですが、まさかイエス様(=メシアで王、生ける神キリスト)があんなに簡単に十字架で死なれるとは思いもしなかったのかもしれませんよね。

思えば弟子たちはイエス様が復活するまで、「死んで三日ののちによみがえる」という預言を思い出せないでいましたし、死ななければならないという預言を聞かされた時も、ペテロは全力でそのことを否定して、イエス様に怒られていました。

 

そんな失敗だらけのペテロの人生でしたが、ヨハネ21章のイエス様の様子は本当に優しくて、優しくて、まさにこれこそ神対応(神なんだけれどさ)ですよね。なるほど、ペテロがその後大胆に証しをする者に、別人のごとく変えられたのがわかります。赦しを経験した人は強いですね。

ガリラヤ湖は水もきれいで、魚がすぐそばをたくさん泳いでいました。(写真だと見にくいですが…)

 

この日も通訳を頑張る我が夫君。

カペナウムにも行きました。

こちら、カペナウムの会堂跡です。

カペナウムに来てから、はっと気づいたのですが、ここはマルコ2章に出てくる場所でした。

中風の人が4人の友人に連れられて、イエス様のおられる会堂に来るものの入れず、屋根をはがしてイエス様の前に釣り降ろされるというあの箇所です。

またまた個人的な話なのですが、この聖書箇所も個人的な思い出がありまして。まぁ、本当に個人的なので「そんなに興奮する?」って思われても仕方がないのですが、私が非言語な息子をどう教育したらいいのか分からなくて困っていた時に、このみ言葉を神様から与えられて、それで、息子とホームスクールする目的と元気をもらえたんです。ある意味、ここは私のホームスクールをする理由の原点でもあります。

 

まさか、この場所がツアー日程に入っているとは思ってなかったので、密かに一人、

感動に浸り

写真を撮りまくりました。

 

そしてこちら、ペテロの家の後です。会堂と隣り合わせで、今は教会がたっています。

教会の床がガラスになっていて、遺跡が見られます。

 

その後、おいしいランチを頂いて…

 

こんどは近くのマグダラへ

こちらのマグダラの遺跡は、カトリック教会が母体となって遺跡を掘り起こし、保存やいろいろな建物を建てていました。(ガリラヤ湖畔です)

そして、こちらの遺跡、なによりも1世紀の遺跡ということで、「実際にイエス様がおられたものだと思う」とガイドさんも興奮気味に話していました。

 

というのも、西暦70年、ローマによって神殿が破壊された後に建てられた会堂は(カペナウムのものもそうだったそうですが)神殿の方向に向かって建築されているそうなのですね。ですが、こちらは1世紀のものでおそらく70年前に建てられたと思われていて、その理由として建築物の設計上、神殿の方向とはあさっての方向に建てられているとのこと。そのような理由からもイエス様の活動時代の遺跡と断定できる貴重な遺跡となっているそうです。

ところどころで、まだまだ遺跡調査がされておりました。

写真の右の円柱の石の前の四角い石(奥)をよく見ると、石の両端にくぼみがあるのがわかりますか?おそらく、この石は机で、巻物の旧約聖書を読むのに使われた、もしくは写本するのに使われたと考えられているそうです。

 

 

さて、マグダラに建てられていた新しいカトリック教会は、説教台を含む前方部分が船の形になっていて、後ろがガラス張りのため湖が見えるのですね。そして、説教者がそこに立つとガリラヤ湖に浮かぶ船からメッセージをされているように見える設計になっていました。すごくモダンでおしゃれでした。

 

その後、ガリラヤ湖の遊覧船に乗りました。

ボートの操縦士さんもクリスチャンの方で、自分の船でワーシップミュージックをかけて、歌うのが喜びと話していました

証しを聞いた後、軽快な音楽が流れて、みんなで大きな輪になりました。

湖の真ん中で歌ったり、踊ったり、楽しいひと時を過ごしました。

この時、20代の若い世代チームはわーわー喜んでいたのですが、60代70代世代チームは(メシアニックジューの皆さんの証しや自分がイスラエルにいることに感動して)涙が止まらなくて泣きながら踊っていたそうで、ある姉妹が聖書のみ言葉に照らし合わせてすごく預言的な時間だったと証してくださいました。

 

この日は夕方にたくさん時間があり、

主人とガリラヤ湖に行き、すこし水につかってきました。

私は早々に上がりましたが、主人は他の教会の皆さんと一緒におしゃべりしながら泳いでいました。

この日も30度に近い暑さだったので、気持ちよかったです。

 

続きます。

 

具合の悪かったとある日の朝のホームスクール

先週は自分の罪深さをまざまざと見せつけられた週であり、またそのことによって恵みも感じたのでもありますが、ものすごい霊的戦いが頭の中で繰り広げられており、寝ようとすると、耳元で信仰をくじく言葉を浴びせかけられたり、祈ってもらって寝付いたらすんごい悪夢だったりと…。

く、く る し  いぃぃ

 

 

そんな先週、もう何曜日か忘れちゃったけれど、その日はパパが午前中在宅勤務だったこともあり、ゆっくり寝かせてもらった。

で、起きたら、のんちゃんの日本語の数学(のゆりは理系を目指していることもあり、日本語と英語と両方で数学をやっています。)の連立方程式がわからんと。

 

パパ、解きながらも混乱し気味のところに、最近数学の鬼になっている長女が大学に行く前に横から教えておりました。頼もしいな。

 

 

ちなにに、長女、大学で日本語で数学を勉強することに苦戦しておるそうで、

高校二年生と三年生のMATHのPACEを引っ張り出して来たものの、

「日本語の数学のレベルとPACEのレベルが違いすぎる!」とぼやいております。

注:娘は真面目にやっておらなかったからと思います。決してPACEの内容云々ではないことを書いておくね。バレエに狂っておりました高2時代だったので。MATHは片っ端からスルーしておったのでありましょう。(その頃はまさかデータサイエンティストになろうなどとは思っておりませんなんだ。)

そして仕方なく、日本語で数学をやり直している毎日。ですが、教授との関係は良好らしく、「英語はできるけれど、数学は残念な子。だけれどやる気はみなぎっている」というキャラを認識されつつあり、ちょっとは楽になって来ている模様。

 

えぇ、うちの娘は転んでもただでは起きないタイプの子なんです。

(「ママのこと、めっちゃ尊敬してて、計画的にコツコツやれるタイプになりたいのに、パパの遺伝子が強過ぎて、土壇場のギリギリで力を発揮するタイプになってしまった。」らしいです。)

Targeted Test Day: TTD

 

3月に行われたA.C.E.ホームスクールファミリー向けのセミナーで新しいペースを配る時に「およそテストをする日にち=Targeted Test Day」を書くことを教えてもらいました。

 

実際にやってみると、テストをする日を意識することにより、3週間の勉強の仕方を工夫することができます。また、テストが重なり過ぎないようにもできます。

 

今回、MA SS SC の3冊が一緒にテストになってしまいました。これは好ましくない形だったので、今回、もう少しPACEの配分にばらつきができるように頑張ってみるとのことでした。

 

 

いろいろ教えてもらったことを取り入れて行きたいと思います。

ゴールカードの青ペンはだいぶ慣れてきました。

イスラエル旅行記⑧  カイザリヤよりガリラヤ地方へ

イスラエル旅行から帰って来て1ヶ月が経ってしまいました。早いようなゆっくりなような、また行きたいような、余韻に浸っていたいような。そんな気分の最近です。

 

 

久しぶりの旅行記の続きです。

この日はイスラエルに来て1週間がたち、この日を境に旅も後半に入りました。いよいよガリラヤ地方に入ります。

この日は前日の雨によって、サウジからの砂漠の砂も落ち、澄み渡った空の快晴でした。

バスで一行、カイザリヤへ。

再び、地中海。絵葉書のような光景です。ちなみに携帯電話で撮ってこのクオリティー、肉眼でみると本当に綺麗なのです。

 

みんな遠足気分です。(この日は主人が通訳の日)

カイザリヤはローマの街です。ローマの匂いが遺跡からプンプンする街です。そして、遺跡がこんな風に↓普通に転がっています。イスラエルにいると遺跡の上に座っちゃったり、触っちゃったりするので、ありがたいのだけれど、普通の石のような感覚にもなります。

私たちは聖書を読み、その内容を信じているので、ポンテオピラトが実在した人物なのか、ユダという地域が本当にあったのかということに疑う余地もないのですが、イスラエルは色々な宗教が入り乱れているお土地柄、そのようなことを証明する遺跡はとても意味深いとのことを聞きました。

 

そして、今もまだこの地方の発掘作業は続いているとのことで、近年、ポンテオピラトという名前が刻まれた石碑がみつかったとのことでした。そしてそこにはポンテオピラトがどの地方を監督していたのかということも書かれており、ユダという地名が刻まれていたとのことでした。この石碑は非常に歴史的価値のあるものとして認められたそうです。

 

ローマ兵の街ですから、劇場やコロシアムがあり、グラディエーターの文化もあったそうです。70年のイスラエルの抵抗時に捕まえられたユダヤ人が、グラティエーターの見世物となって殺されたり、色々あったようです。(この歴史をユダヤ人のクリスチャンのガイドさんから聞くのが胸が痛いです)

 

このようにイスラエルの戦争の歴史を聞くと本当に心が苦しいのですが、カイザリヤの場所は本当に景色が綺麗で、

心地よい場所です。そしてここで食べたアイスクリームがイスラエルで一番美味しかった。

 

その後、バスでさらに北へ移動、カルメル山へ行きました。こちら、エリヤの時代ですね。

 

 

エリヤが雨を祈り、弟子が海の向こう側に雲をみたという景色はこんな景色だったのかしら?と思いを馳せることができました。

向こうが地中海です。

2日前に訪れた南の砂漠地域とは全く違う風景です。こんなに緑が豊かで、四国ほどの面積のイスラエルですが、南と北では景色が違います。

 

そして、ランチののち、さらに東へ移動、メギドへ。

メギドはまた、黙示録で「アルマゲドン」と呼ばれる場所です。

メギドでは旧約聖書に何回かでてくる土地です。そしてまた、黙示録にも書かれている場所でもあります。

私なんか、大きな戦いってあると「嫌だな」とか「そうやって死にたくないな」とか自己中にも思うのですが、イスラエルに住んでいる私たちのガイドさんは淡々と「いつかわからないけれど、そうなったら戦う運命」という一つの覚悟のようなもの持っておられるなと感じるような態度で私たちにわかりやすく説明してくださいました。そしてその戦いはイエス様の再臨に繋がるのだから、喜ばしいことなんだと語っておられ、自分が生き延びるとかそいういったレベルではなく、御国全体を考えての兵士としての考えをお持ちなんだと心打たれました。イスラエル人であるということは、本当に祝福であると同時に、聖書の運命と共に生きるということでもあるのだなと個人的に思いました。

こちら、昔の地下要塞になっていて、地下通路がありまいた。

かなりくらい道。歴史大好きパパが隊長兼斥候になり、みんなを導いてくれました。

 

 

English 1092 は捨てないでね。

WEEK6に突入した我が家です。

 

さて、先日、English1092のペーステストを採点してましたら、

PACE TEST KEYの最後に1096のペースで1092のペースを使うとひっそり書いてありました。

 

うぉっと、うっかりどっかにやってしまうとあとで面倒なことになると、その文章を見つけた自分に、「グッジョブ!」と軽く励ましを入れ、1096のペースに挟んでおきました。

 

 

 

ペースの管理は我が家ではこんな風にやっています。

1 まずACEからペースのセットが送られて来たら、まず、全ての科目のペーステストを切り離します。

2 それをクリアファイルに入れて、子供達それぞれのペースを入れる箱に入れます。

3 ペースは科目ごとに並べ、そこからさらに番号順に並べます。

例えば、1085〜1096までなら、MA, EN, WB, SS, SC, CWの1085だけ、次に1086だけと集めて、それを1096までやります。

4 あとはペースを入れる箱にそれぞれ番号の遅い順に入れます。つまり、1096から遡って入れて行くと最後、一番若い番号になるわけです。そうすると上から取り出せばいいだけなので、あとが楽チンになります。

5 ギャップペースだけは箱の隙間に分けて管理する時もあります。

 

 

今回、1092が終わって、1096で使うというので、1096のある場所まで1092のペースをもう一度しまっておきました。

 

といってもこの1096のペースをするのはおそらく7月ごろ、その頃には本日のことなんかすっかり忘れ、「なんで1092ペースが?」となりそうだったので、付箋も貼っつけておきました。

 

あぁ、ほんと、忘れっぽいんだよね。40代の限界か?

ゴールデンウィーク

ゴールデンウィーク、おわっちゃいましたね。

特にこれといってお祭り気分ではなかった我が家ですが、こどもの日は毎年子供達にプレゼントをしておりまして、今年は家族で映画となりました。

 

 

そして、長女の誕生日ケーキも家族で食べました。

長女の誕生日は1ヶ月半も前で、当日はイスラエル旅行中だったのです。帰国後「ママのケーキで祝ってもらいたい」とのなんとも嬉しいリクエストをもらっていたのですが、タイミングが合わず、やっとこみんなでお祝いできました。

フルーツたっぷりケーキにしてほしいとのリクエストだったので、これでもかっ!って量のクリームとフルーツです。

 

 

おまけ:ゴールデンウィークのとある日、娘の大学のお友達が我が家に遊びに来てくれて、BBQしました。

息子の友達も集まり、庭で大盛り上がりのゆうべでした。

 

イスラエル旅行記⑦  Shabbat Sharom

イスラエルで安息日を過ごしました。いよいよ過越しのシーズンを間近にイスラエルは学校が休みになったりしていたようです。

 

私たちの宿泊していたヤドハシュモナという場所はキブツと呼ばれる共同体の村でした。イスラエルで唯一の「クリスチャンのキブツ」だそうです。そちらに住んでおられる方と一緒に安息日の礼拝を守りました。

この日はヨハネの福音書からのメッセージでした。

メインの言葉はヘブル語、そして同時通訳の英語がありました。

おそらくですが、100名〜150名くらいは入れる会堂と思われます。

 

そして、昼ご飯の後にホテル内のBiblical Gardenと呼ばれる、聖書の中に描かれている建物や文化について学んだり、ユダヤの歴史について学ぶ時間がありました。これもツアーの一部です。

 

この日はイスラエルに来て初めて雨が降った日で、とても寒かったのですが、雨は霧雨のようで、とても柔らかい雨を体験しました。

古い子供の賛美

Mercy is falling, is falling, is falling. Mercy it falls like the sweet spring rain
Mercy is falling, is falling all over me

を思い出しました。本当にしっとりとした、優しい雨でした。神様の憐れみはこのようなのだと感じることができました。

 

こちらがお庭の入り口です。

この村の名前であるヤドハシュモナは二つの言葉から成り立っています。YAD(ヤド)とHASHMONA(ハシュモナ)です。ヤドは「記念する」という意味で、ハッシュモナは「(数字の)8」という意味だそうです。

フィンランド系ユダヤ人でホロコーストで召された方々を記念するためにこの名前にしたそうです。

 

いつもはツリエル(私たちの間ではツリちゃんと読んでいました)さんというガイドさんが私たちを案内してくださいましたが、今回はその叔父さんであるアリエ先生が私たちを案内してくださいました。アリエさんは70過ぎのおじいさまですが、とってもお元気な方です。

 

ご家族がどのようにイスラエルに来て、そして今のような生活を選ばれたのかをお話してくださいました。

お父様はユダヤ人でフィンランド人でもありました。第二次世界大戦の体験者でもあります。ナチスに捕らえられた時、フィンランド政府はユダヤ人を守ってはくれなかったそうです。そうして、強制収容所に送られて過ごすわけです。その後、解放されましたが、自分を守ってくれなかったフィンランドには戻らず(精神的にも自分を売ったコミュニティーには戻れないですよね…)、イスラエルを目指したそうです。しかしすぐにはイスラエルに入国はできず、ギリシャの難民キャンプで過ごした後、やっとのことでイスラエルに住めたとのことでした。お父様は天に召されるほんの数年前まで厳格なユダヤ教徒だったそうです。

一方、アリエさんはイスラエルでミュージシャンとして活躍していたようです。お母様が信仰を持っておいでで、お母様の祈りとまた生活を通しての訓練をもって、信仰をもつようになりクリスチャンとなったとのことです。当時、イスラエルではメシアニックジュー(ユダヤ人クリスチャン)がすごく少なく大変苦労もあったようです。そんな中、神様からの召しでキブツを作ることを示され、ミュージシャンとしての大きな収入を投げ打ってこの場所を購入したと話しておられました。その時フィンランド政府も第二次世界大戦時にユダヤ人に対して何もしなかったことをお詫びし、村づくりを助けてくれたそうです。奇跡の連続でできた村なのだと、神様の力強い導きを感じられずに入られませんでした。

 

こうして、家族はキブツに住むようになり、ホテル経営をしながら、そしてツアーガイドをしながら、ざっくりですが今に至っているとのことでした。

お父様は在命中は戦争時の話しはほとんどされなかったのですが、お亡くなりになる10年ほど前に、子供3人をつれてポーランドへ行き、心の悲しみをすべて吐き出すことができたそうです。そして、赦すことを選ぶことができ、クリスチャンになったと聞きました。

 

このようにツアーガイドさんから直に、ホロコーストやイスラエルの戦争の歴史を聞くとは思わなかったので、驚きと共に、非常に大きな体験になりました。

(熱心にアリエさんの証しに聞き入る私たち)

 

このバイブルガーデンで作られているものはレプリカですが、ところどころ本物の遺跡もあります。

 

そしてこちらはヨエル書2章13節のみことばを銅像にしたものです。

あなたがたの着物ではなく、あなた方の心をひきさけ。あなたがたの神、主に立ち返れ。主は情け深く、憐れみ深く、怒るのに遅く、恵み豊かで災いを思い直してくださる。

この心を引き裂くという言葉が、ユダヤ人の心に響くのだと話してくださいました。観光業をしていますが、一番の思いは同族民であるユダヤ人の救いなのですね。

 

ガーデンの中は、このようにお花やハーブでいっぱいです。

そしてこの一つ一つの花にユダヤ人ならではの言い伝えがあり、聖書にからめて子供達に教訓を教えると話していました。

キブツ(共同体)で暮らす子供達やクリスチャンの子供達に、鳥や植物という自然の教科書からみことばを教えるのが大好きだと語るアリエ先生の目が輝いていました。

 

幕屋の作りについても、幕屋とユダヤ人の普通の家の作り方と似ていて、神様はちゃんとユダヤの文化を理解してわかるように幕屋を設計しているとか、清めのお風呂では神様の愛の本質と律法主義の違いについて語ってくださりました。

こちらには1世紀のお墓があり、ユダヤの埋葬の文化も語ってくださいました。

ユダヤは争いの歴史で、先祖の墓に入るということは祝福されているという意味だそうです。聖書の表現の中で、「父のもとへ帰る」ということは、墓に一緒に葬られるというこの上ない賞賛の言葉であるということを聞きました。一行にも満たない聖書の言葉に、大きな意味があることをしれて、これからは聖書を読むのがとても楽しくなりそうです。

 

本当に写真も取れないくらいにたくさんの知識を分かち合ってくださって、自分の個人のノートはもうぎっしりなんですが、こちらにはこれくらいにしておきます。

 

イスラエルからもどり、1ヶ月がたってしまいました。

後半の旅もぼちぼち書いて行きますね。

最近の夫婦デート

最近は毎週木曜日の夜ご飯を主人と一緒に外食するようにしています。

主人の仕事帰りをまちながらの初めてのチャタイム。

 

もう何年もこちらのブログを読んでいらっしゃる方は知っていると思いますが、前はビジネスミーティング的に土曜日の朝ごはんを近所のロイホで食べながら、家族のこと、子供達のことなど色々と話していました。(というのは子供達が大きくなると内容もわかってしまうこともあるので)

 

今は、土曜日の朝のビジネスミーティング的なものと、木曜日の夜ご飯デートの2回になりました。でも、できるときとできないときとあります。

 

子供達も大きくなってくると、そんなにつきつめて話すことも少なくなってくるしね。話す私たちのほうもコツを掴めて喋れるようになったかもしれないです。

 

ランドマークタワーにオープンしたばかりのラーメン屋に行って来ました。

夫婦でウィンドーショッピングしたり。

 

 

先日、用事があって久しぶりの銀座へも。

最近、結構夫婦ばかり出かけてて、家族で出かけないのがさみしいなと思うくらいです。

 

夫婦で話す、時間を過ごすことの大切さはホームスクールをしてから教わったことだと思います。

ホームスクールしてたら、こんなに夫婦で過ごすことに力を入れたのだろうかと思う最近です。

 

 

豆知識:最近、イスラエルで教えてもらったこと。ヘブル語の1は単数形ではなく、複数の意味を含むそうで、だから三位一体や夫婦(二人)が一つなんだって。

Science Project 1092

理科の実験でした。結晶を作ってみるというプロジェクトで、ミョウバンと卵の殻を利用してのプロジェクト。

 

卵の薄皮を綺麗に剥くのがなかなか大変なの。「ちょっと湿っている方がいいね」とか、こつも掴むものの、もうちょっとで完全に向けるってところで残念にちぎれたりとか…。

 

そうね、粘着力の強い古いシールを「シール剥がし」を使わずにどれだけ傷つけずに綺麗に剥がせるか?みたいな感覚に似ています。

 

 

そして、我が家に焼きミョウバンがあったのですが、溶けやすいということを考えると粉末がいいねと、粉末のミョウバンを買いました。

 

こちらもアマゾンでどのミョウバンがいいかな〜と思って調べていたら、「消臭」ってキーワードがめちゃめちゃ出て来て、なるほど、匂い消しにミョウバンを使うのかとミョウバンの用途とパワーも合わせてを知りました。

 

フードカラーを水に垂らし、卵に色をつけます。

↗︎ この状態になったらほっときっぱなし〜

 

どんどん化学反応が起きて、みるみるクリスタルのような結晶が出て来ます。

 

わかる?

 

面白いのは、卵の殻には色が付いているのに、結晶は色がつかないの。どうしてなのかな?ちょっと不思議ですね。

 

 

長女、その後

科目登録が完了。

「数学の設問の意味がよくわからない(日本語の言い回しがピンとこないらしい)」とぼやいたり、「数Ⅲまで勉強しとけばよかった」と後悔しながらも、レベルが高い女友達に支えられ(家庭教師のように教えてもらいながら)受験期以上に勉強しています。

AO入試で学部長に顔と名前をばっちり覚えられ、学年代表に選ばれたり、毎晩友達と学校で自主勉したり、本当に満喫です。

 

「ママ、大学の講義ってさ、説明してくれるんだよ。」と自学自習で10年以上やってきた娘は軽くカルチャーショックを受けつつ、ホームスクールが終わって感じるホームスクールの良さとかいろいろ肌で体験しているようです。

 

ちなみに、今日は一限からなのに大寝坊し、最寄り駅まで送って行ってあげてしまった甘々な親です。