Archive for Naoko’s Note

夏の計画を立てる

先週末、息子と時間を過ごしました。その週の始めに進路相談会に参加したのですが、そこでもらった学校案内を見返しながら、オープンキャンパスの申し込みをしました。

自分で行きたい学校のランキングをして、そこからカレンダーをみながら、オープンキャンパスのスケジュールを立てました。

8月の土曜日はほとんどどこかの学校巡りです。

長女はオープンキャンパスはほとんど行かず(バレエに燃えてた)、行った学校も1校、さらにその学校が第一志望で、その学校しか受験しないというとってもレアなケースだったので、息子とはオープンキャンパスに行きまくるケースを楽しみたいと思います。

息子は高校からオープンキャンパスに行った後に学校に提出するフォーマットがあります。それを見ながら、学校の様子を探ります。(このようなツールがあると何を聞けばいいのかよくわかって助かりますね。)そちらもフォーマットに書かれていることも気にしながら、私は学校の構内や近隣の雰囲気とか、最寄りの駅の利用客の様子なども見て、祈りに覚えたいと思います。

百合が咲きました

我が家の庭に…

百合が咲きました。去年の秋に植え付けたものが、春先からタケノコのようにぐんぐん伸びて、この数日で花開いて、甘い匂いを放っています。

我が家は角地に立っています。駅に向かう近道でもあるので、朝と夕に人が家の前を通りすぎるのです。その中には、もしかしたらひそかに百合の花を楽しんでいらっしゃる方もいるかしら?

いよいよ下半期がスタートですね。百合の花もその節目を喜ぶかの如く、よいタイミングで咲きました。私もコツコツ後半も主と共に歩みたいと思います。

我が家は今週、WEEK9です。いよいよ、夏休みが始まります。

お勧め本

信仰書ではありませんが、お勧めしたいな~という本があって、ブログします。

こちらは、10年以上前に執筆された、90年代に応用行動分析学(ABA)をお子さんにセラピーされた(実際にはセラピストを雇ってですが)お母さんの手記です。当時、ABAはまだ認知度が低く、多くの小児精神科医がABAに懐疑的だった様子が書かれていますが、それが今の日本の現状に少し似ているように感じます。非常に心揺さぶられました。

個人的に思うに、

1)当時のアメリカのABA認知度が今の日本の現状ににていること

2)筆者が3人の子供の母親であること

3)筆者がクリスチャンであること(カトリックだけれど)

この3つのポイントにあまりに共感しすぎて、どストライクしてしまいました。まるで自分の家族、自分が子育てで感じてきた思いや切なる神への疑問を筆者が変わりに描いてくれているかのような感覚に陥り、電車の中で読んでいた私は危うく、おいおいと泣きそうになりました。(もちろん、そんなことはできないので、うっすら目に涙を浮かべながら静かに本を閉じました。そして、家に帰ってから読みました。)

この本は廃盤の本ですので、中古本しか買えませんが、もし、自閉症のお子さんをお持ちのお母さんがいらっしゃるのでしたら、読まれてみるのもいいかと思います。

この本にも書かれていましたが、子育てにはトレンドのようなものがあります。専門家の方が見たら、怒られてしまいそうですが、ざっくりと。トレンドは厳しく育てる時代(律法的)からフロイト心理学をはじめとする発達心理を土台とする心を育む時代(ヒューマニズム)に移行しているのです。それはスペクトラムになっていて、時代時代にトレンドがあります。親が一方的に躾ける時代から子の気持ちを尊重する(かなり小さくても)時代に移行する中で、その比重が変わっているように思います。その時々のトレンドがあるのです。例えばトイレトレーニングも、昔は2才まで、1歳でもおむつが取れる子もいたでしょう。しかし、それが2歳からトレーニングなどと変わり、今では3、4歳でおむつで過ごす子もいても割と寛容なのかもしれません。ABAというセラピーはこのトレンドに結構逆らう感じです。ある意味、ホームスクールというのもそうなのかもしれません。子育てはプロにまかせるというトレンドから外れている感じです。

この本で私が感じ取ったのは、知らず知らず私たちは世の中の子育てトレンドに乗っかっていしまい、真理を見失いかけているかもしれないことです。うごめく時代の中で、賢く「神様に育て方を求める」ということが本当に大切なのだと感じました。ホームスクールを何時間、どんな風にするのか一人ひとり違うように、ABAというセラピーをどのように取り入れるのかもまた一人一人違います。ですが、大切なのはいくら時代の流れに会わなくても「神様がしなさい」とすることに「はい」と素直に従うところに祝福の泉があるのだということです。

彼女の勇気ある行動に、一人の母親として本当に励まされました。こんな人がいるものなのだと。もし、興味がありましたら、是非、図書館でお借りしてみてください。

大学生の娘がこの夏は浴衣を着て友達とお出かけしたいとのことで、先日、彼女の浴衣を仕立ててきました。

帯の結び方はよくわからなかったのですが、着付け教室の先生が特別レッスンをしてくださり、文庫結びを教えてもらいました。今年の夏は、浴衣を着て鎌倉にでもかき氷を食べに行きたいです。

ちなみに次の日、私は名護屋帯を練習しにレッスンに行ったのですが、3週間ほど間が空いたら、すっかり着方を忘れてしまい、先生に猛特訓を受けました。

あまりにすっかり忘れてしまったので、2時間レッスンを2回、さらに1時間の自主練。それでも1週間後に忘れそうな気がして、帰り際に練習用の安い帯を買って帰りました。

浴衣を着て、帯の結び方を猛特訓です。

映画を見に行きました

今日は、友人と八ヶ岳にトレッキングに行く予定でした。ホームスクールもお休みで、自主勉強の日として設定していたのですが、昨日の地震を受けて、朝、延期としました。

そこで、ぽっかり一日が空くことに。

神様からの贈り物のような一日。勉強してもよかったのですが、せっかく休みとしてスケジュールしていたので、フィールドトリップの日にしちゃいました。

のんちゃんとはーくんと3人で、みなとみらいの映画館へ。実写版アラジンを観に出かけました。

最近、我が家ではとある映画館のプレミアムシートで映画を観ることにはまっておりまして、プレミアムっていうとちょっとお席も広くて、もちろんお値段も少し上がるのですが、なんと無料のドリンククーポンが付いてくるので、毎回ドリンクとポップコーンを手にして映画をみる我が家にとっては結局支払うお金はほとんど同じという、なんともありがたい席なんです。

今日もその映画館へ行こうってなって、あと10分で始まっちゃう、急がなきゃ~とわさわさしながら、ジュースやらポップコーンやらを買ったのですが…さぁ、いざ劇場へ!ってなったその時に息子が一言

「ママ、今日は映画に連れてきてくれてありがとう」と発しました。

我が家で「気の利いたことをいう」専門家ののんちゃんを差し置いてそんなことを言ったもんだから、私、立ち止まっちゃいました。のんちゃんも慌てて「ママ、ほんとにありがとうね」と付け加えるくらいだったから…。

ジュースを片手に持っていたので、ハグはできませんでしたが、肩に手をポンと置いて、

「どういたしまして。今のお礼の言葉、最高のタイミングで言えたね!すっごいよかったよ!」と笑顔でめちゃめちゃ応えてほめました。

息子にはセラピーを何年もやってきたけれど、去年の冬の始めにABAで会話の介入を本格的に始めてから、ちょっとずつ進歩してるなと手ごたえは感じてましたが、今日、ついにお礼の言葉を最高のタイミングで言えるまでになりました。

映画はとても楽しみにしていたけれど、ママは「ありがとう」って言われたことで自分の心が報われたことがもっと嬉しい。また、明日から、頑張ろうって気持ちになりました。

神様はいつも最高のタイミングで…

先週末はチアコンベンションでした。そちらで感じたことはまた別に書くとして、最近、子育てで感じたことをちょっと書きたいと思います。長くなるかも…。

去年、イスラエル旅行に行ったのはこちらのブログでも書きましたが、旅から戻り感じたのは、イスラエルの歴史や地理を実はあまり知らないということでした。そこで、今年から聖書通読をするときに、地名が出てきたら地図で確認してみたりということをしていました。そんな中、列王記、歴代誌に通読が突入。混乱するイスラエルの歴史の中で、聖書では1行で書かれていることの背景をもう少し知りたいなと思って、この漫画を夜寝る前のひそかな楽しみとして読み始めました。

マンガ 聖書時代の古代帝国 という本です。興味のある方はこちら

この漫画で、聖書の行間を少し垣間見ることができ、聖書の理解が深まったのはもちろんなのですが、牧師先生に勧められた「年代順に聖書を読む」という方法での聖書通読がですね、これまたどっこいすごくいいのです。そこで気づかされることがびっくり。例えば、歴史書を読み進めていると突如詩篇が順番に来ます。そうすると、その詩篇はこのような背景で読まれたのかと恵みが今までの二倍、三倍になるのです。

最近の通読はイスラエル王国が滅びて、いよいよユダが滅びようとしているところです。イスラエルが政治的に混乱していく中で預言者が警告しています。ハバクク、エレミヤが神様にどうして滅ぼすのですか?と叫ぶ中、神様は神殿は滅ぼされることを伝え続け、信仰に生きることの本質を伝えていきます。でも神様の計画は壮大で、ユダがもう風前の灯火の中、同時期にバビロンでダニエルたちが神様によって選ばれていることを見ると、なんと歴史は壮大で、神様が支配されているのだろうかとその神様の大きさに畏敬の念が生まれます。と共に、神様の父なる愛が私の中にどば~っと流れ込んでくるようです。冒頭の漫画の知識も助けてくれて、本当にかみしめることができました。

この後、神殿は壊され、そして、エズラ、ネヘミヤによって再建されるのですが、「ダビデ/ソロモンの神殿づくり→神殿の破壊→エズラ、ネヘミヤによる再建」の図式を見た時に、これは、人の成長ではないかな?という気づきが与えられました。

私もホームスクールで子育てし、祈りとみ言葉でその時その時の最善を子供たちにしてきたつもりですが、やはり親も罪人ですから、失敗もあります。懲らしめが行き過ぎて子供に怒りを教えたり、かわいがりが転じて自惚れを植え付けたりしているのです。そして、ティーンエイジャーになるころに、それが実となって出てくるのですね。そして、そこからは、子供自身が神様の関係の中で、もう一度信仰の土台を固める時期が来るのだと思います。時には表面的な反発もありますが、うちに潜む根深い罪もあるでしょう。

私はこんな風に思いました。

ソロモンの神殿は、親のダビデの準備がありました。ここは子供時代のホームスクールです。親の導きの信仰生活がその時期です。そしてその後、継承された王国時代がティーンの時期のことです。子供が親の目を盗んで何かをしたり、さぼったり、悪い考えに走ったりするのを見ることは、ことの大小にかかわらず胸が痛みます。「反抗期だから」と放っておくことだけが、ティーンとの付き合い方ではないと私は思います。この時期に大切なのは、ユダの王国のように、悔い改めと赦しを求めるということの習慣だと思います。ユダには悪い王様と良い王様が順番に出てきますが、悪い王様の後、良い王様が出てきたときは、改革があり、そしてお祝いがあります。ティーンのアップダウンはまさにそんな感じなように思います。そして、最後に子供たちは本当に神様の前に降伏するという時が来るように思います。私もティーンの子供たちを育てて、圧倒的な神様の計画と神様の愛を受け取るのに、時に知識やクリスチャンの礼儀的なものが邪魔をしているように感じる時があります。これは、親が正しく神の愛を示していない親の罪です。(もちろん、子供も罪びとだから、受け取り手の罪でもあるけれど…)もっとシンプルに受け取ればいいのにと思うのですが、ティーンの我が家の子どもたちにはそうもいかないところがあります。ここを見つめている時間が親としては、本当に苦しいです。あえて、失敗するのを見ることはもどかしいと思います。そして時にクリスチャン的常識が壊れた方がいいと感じる時があります。ユダの人々も、「神殿には神様がいるのだから、イスラエルが陥落することはない」と思っていました。しかし、神様はそこを壊して、神様と誠実と真心をもって関係を持つことを望まれたことを見る時に、神様は土台を作り直したかったのではないか?という思いが与えられました。私の子育ても然りで、ティーンの子供たちが大人へと成長していく中で、土台がもっと固くなる必要があるように思います。そのためには神殿は邪魔な建造物にすぎないのかな?と…思うのです。

もちろん、今の時代に生きる私は、その後の神殿の再建を知っているのでこんな風に気楽に思えるのかもしれません。ですが、こんな風に神殿とホームスクール(子の躾)を結び付けて考えてみた時に、今まで、私はソロモンの神殿に固執してしまっていたのかしら?とも思うようになりました。「どうしてこうなってしまったのだろう?」「何が悪かったのだろう?」「まだ足りないのだろうか?」という思いにかられ、子供たちの成長の勢いについていっていませんでした。神様の御心を求めることよりも、修繕したいきもちが強かったのですね。きっと…。ですが、ある時「土台のために、神殿は壊れた方がいい」という思いになった時に、ティーンの母親として何か肩の荷が軽くなったというか、「神様、私が作った城壁なんか壊しちゃってください。そしてあなたが立て直してください」とむしろ壊れることを求めるような気持ちになりました。そして神様への期待があふれ出てくるようでした。

先日のチアのコンベンションでも、ホームスクール卒業生の証しやその後の歩みを聞き、神様のカバー力のすごさを語っていたので、私も心から「アーメン!」という気持ちになりました。勝手な解釈になってしまいますが、「どの子供たちも、ティーン時代にその親の作った神殿は壊され、そして土台がもう一度作り直されて、むしろ前よりももっと素晴らしい歩みが得られている」とつよく感じました。ティーンを育てることに不安を覚えるお母さんたちは、是非、聞いてもらいたいな~。

神様はいつも素晴らしいお方ですね。

富士山トレッキング

去年、45歳というメモリアルイヤー(笑)に実現できなかった富士山登山…。その夢は一年たっても諦めきれず、今年に入って同じ友人と話す中で再び富士山登頂熱が燃えてきました~。「富士山を上るのならば、準備しよう」となって、『1合目から5合目までトレッキング』というツアーに参加してきました。

当日、前日の雨雲も北の方へ行き、さわやかな五月晴れに恵まれました。神様、感謝♡

一合目より低い馬返しから登り始め、1合目、2合目、3合目、おひるごはんを食べての4合目…

まだ雪もちらほら残る道を上りながら、

時々、雲の隙間から見える下の景色も楽しんで…

雲の上を歩きました~。

五合目のスバルラインの終着駅にたとりつくまでは人に会うことはなく、私たちのグループだけだったので、とっても静か。

空気も綺麗で、1000メートルの高低差をゆっくりゆっくり上っていきました。

筋肉の動きを補強してくれるタイツ(バスケをするときに使っていて、筋肉痛になりにくい)をスウェットの下に履いていたのと、ストックも使っていたこともあるけれど、本当に疲れがあまり出ずに、行きも帰りも運転して帰ることができました。この日に備えて、ランニングマシンで少し角度をつけて5キロ(1時間続けて歩く)はできるようにと準備もしてきたのだけれど、それで最終的には7キロくらいは歩けるようになっていたので、知らず知らずに体力もついていたのかなと思います。

二の腕の太さとかお腹の脂肪とか、体重とかは相変わらず変わらなくて、全く痩せないんですがね(笑)

今年、富士山アタックするかは別としても、その時のガイドさんに、2000メートル級の場所で頭が痛くならないか、一度チェックはしておいた方がいいといわれ、今度、八ヶ岳に行くことにしました。

えっと、その時のホームスクールは自習になりますが、すみません、よろしくお願いします。

きっとママはトレッキングが上手になって、みんなを一人ずつ山旅に連れて行ってあげるね!

着付け教室:プチおでかけ

GW開けの久しぶりの着付けクラスはプチお出かけでした。

先生には「帯締めるところまでは自分で着てね~」と言われていたのですが、生徒さんみんなで「あれ?あれ?次は何だっけ?」となかなか覚えられずに「先生~」のお声があちらこちらから聞こえました。

お教室にあるものを借りているのですが、ちょっとずつ、余裕のある時に小物を買うようにしています。今回、中につかっている気崩れないためのベルトがあるのですが、そちらだけ自分のものを使ってみました。

「浴衣でも、ものによっては長じゅばんを着て、お草履はいて、昼間に着て出かけられるものもあるのよ」と先生に教えていただいたので、今度先生にチェックしてもらう予定です。自分で練習して出かけないと、試験に受かりそうにないわ~。

来年はオリンピックで海外の方も多く来られるから、着物着て出かけられるようになりたいわ~♡

GWとその後仙台ロードトリップ

10連休というGW、皆様はいかがお過ごしでしたか?私の周りでも小さな旅行から大きな旅行に出かけた方、いろいろなGWの思い出があったようです。やっぱりGWはいいね。

我が家のGWは普通にホームスクールだったのですが、合間を縫ってぽつぽつ遊んだりしてました。
教会のお友達に誕生日を祝ってもらったり(誕生日は4月12日だったけれど…)

習い事のお茶に行ったり

あとは、家族でBBQ。そして、家カラオケ🎤すっごく楽しかった~。

世間様のGWが終わった後に、私は一人、東北道を運転して主人の仕事先の仙台に遊びに行きました。

朝、軽くホームスクールをしてから、出発しました。都内を抜けてから、ちょっと遅い昼ご飯です。一度食べてみたかった佐野ラーメンです。

東北道を飛ばしに飛ばし、夕方には仙台のホテルに到着。仕事帰りの主人と和風の小料理店へ行きました。三陸のカキの天ぷらが美味しかったこと。このカキのためにまた仙台に行きたいと思ったくらい。

実は、出発してから知った仙台までの距離…400キロあるのね。ホテルの人にも、その後も出かけ先で「車で来たんですか?」と驚かれること驚かれること。新幹線もいいけれど、車は個室間があるから歌えるし、祈れるし、リラックスできるし、東北道の森林浴もよかったし、新緑にかかる藤の花が見事だったしで、距離はあったけど、私はすごく楽しんじゃいました。夏は暑いから運転しないと思うけれど、秋はまた紅葉の季節に東北道をドライブしたいな~。

昔、東北では冬に農業ができないために自然の素材を使った籠を作って生活の糧にしていたとのこと。籠編みの技術がたけているんだそうです。主人が仕事中は時間があったので、工房でひとつ籠バックをお土産に購入しました。つるに含まれるポリフェノールが酸化して、これからつやつやのこげ茶になってくるそうです。

ご興味のある方はこちら。希工房です。

一泊旅行の帰り道は主人とドライブデート。私が彼の運転しやすいような私服を持って出かけたので、仕事着から着替えて4時間ほど、ドライブを楽しんで帰ってきました。

主人が東北での仕事が時々あるので、その時はついていけたらいいな~というのが私と主人の小さな目標です。

平成から令和へ

また一つ、時代を通過しました。昭和から平成、平成から令和へ。

平成を終わる前に、どうしても食べたかったものがありました。それは、わが地元、横浜でこよなく愛される崎陽軒のシウマイ弁当の「平成ありがとう」バージョンです。

このお弁当を食べながら、自分なりの30年を振り返ってみたところ、なんと、30年前の私はイエス様に出会っていませんでした!

平成3年にイエス様と出会い、そして救われ、信仰生活を歩み、結婚し、大学院へ。その後、子供も与えられ、ホームスクールに導かれ…。なんだか平成の間は私のクリスチャンとしての歩みの準備期間というか、そんな風にも思える30年だったのだと思ったのでした。

平成のほとんどの時間を、神様から右にも左にもそれず、ただひたすらに信じてこれたことは、喜びですし、その力をくださったのも主のおかげだと思います。

平成は平和が成る(平和の君に出会えた)時代でした。令和はどのような年になるのでしょうか?もしかしたら、いえ、きっと、もう一時代、過ごせそうかもしれませんね。昭和、平成、令和、そして次の時代もきっとイエス様と共に歩みます。

子供たちは初めての天皇即位の儀に、なにか不思議な気分になっているように感じました。