Archive for Family One on One

映画を見に行きました

今日は、友人と八ヶ岳にトレッキングに行く予定でした。ホームスクールもお休みで、自主勉強の日として設定していたのですが、昨日の地震を受けて、朝、延期としました。

そこで、ぽっかり一日が空くことに。

神様からの贈り物のような一日。勉強してもよかったのですが、せっかく休みとしてスケジュールしていたので、フィールドトリップの日にしちゃいました。

のんちゃんとはーくんと3人で、みなとみらいの映画館へ。実写版アラジンを観に出かけました。

最近、我が家ではとある映画館のプレミアムシートで映画を観ることにはまっておりまして、プレミアムっていうとちょっとお席も広くて、もちろんお値段も少し上がるのですが、なんと無料のドリンククーポンが付いてくるので、毎回ドリンクとポップコーンを手にして映画をみる我が家にとっては結局支払うお金はほとんど同じという、なんともありがたい席なんです。

今日もその映画館へ行こうってなって、あと10分で始まっちゃう、急がなきゃ~とわさわさしながら、ジュースやらポップコーンやらを買ったのですが…さぁ、いざ劇場へ!ってなったその時に息子が一言

「ママ、今日は映画に連れてきてくれてありがとう」と発しました。

我が家で「気の利いたことをいう」専門家ののんちゃんを差し置いてそんなことを言ったもんだから、私、立ち止まっちゃいました。のんちゃんも慌てて「ママ、ほんとにありがとうね」と付け加えるくらいだったから…。

ジュースを片手に持っていたので、ハグはできませんでしたが、肩に手をポンと置いて、

「どういたしまして。今のお礼の言葉、最高のタイミングで言えたね!すっごいよかったよ!」と笑顔でめちゃめちゃ応えてほめました。

息子にはセラピーを何年もやってきたけれど、去年の冬の始めにABAで会話の介入を本格的に始めてから、ちょっとずつ進歩してるなと手ごたえは感じてましたが、今日、ついにお礼の言葉を最高のタイミングで言えるまでになりました。

映画はとても楽しみにしていたけれど、ママは「ありがとう」って言われたことで自分の心が報われたことがもっと嬉しい。また、明日から、頑張ろうって気持ちになりました。

病院→面談→おいしいごはん

先日、息子の脳波検査受診のための親の問診、その後、やはり息子のセラピストさんとの面談、と息子が隣にいないのに、話すことは息子のことという息子一色の一日がありました。

特に、医療関係に新しく関わるときは、「もう、そんな昔のこと覚えてないよ!」というようなことまで聞かれるので、母子手帳を引っ張り出して向かいます。そしてやっぱり持っていって正解でした~。出産時まで遡っての問診です。普通に定型発達している子供を持つ親なら、その子の出産時の身長って幼児期ならあるかもしれないけれど、17歳にもなって書き込みませんよね。私はこのような質問を(それがたとえ相手が息子の発達をわかろうとして聞いてくれている良心からであっても)『あなたの子どもは普通じゃない』って扱いを受けているような気がして、あまり好きではありませんでした。でも、今回は「いらっ」てのを通り越して、もはや「あら、こんなに小さかったのね」と懐かしさが蘇ってきました。そして、大変だった幼少期、学童期…。思い出が頭を駆け巡りました。今となっては懐かしい思い出です。今回出会った新しいソーシャルワーカーさんに、いっぱい思い出話を語ってきました。もちろん、ホームスクールのこともね…。

「ホームスクールって何ですか?」と今まで何回も聞かれ、説明してきました。大切なポイントは、なにか悪いことをやっているような雰囲気で話さないこと。堂々と自分の子の成長のためにこの方法がいいと思っているということを話して、質問には誠実に答えること。こちらはホームスクールを実際にやっているプロ(実際はごちゃっとしていてもそういう意識をもって)として尻込みしないことかな?って思います。私は、このブログの写真とかを見せて、息子をどのように教えてきたのか、セラピーしてきたのか、説明もします。ACEのPACEだけでなく記録用紙(ゴールカード、スターチャートその他)も非常に説得力があるので助かります。

そして、その後、セラピストさんとの面談です。最近のセラピー記録とABC分析の説明を聞きます。息子のセラピー、つまりターゲットとなっている行動が増えているのかを確認です。そのためのプロンプト(助け)をどのように、どのタイミングで入れているのか、まだプロンプトフェーディングや般化(固定の人や環境でなく、様々な状況で好ましい行動ができる)についてのセラピストさんの意見をきいたり、家での行動を話して、すり合わせです。そしてそのうえで次の課題を練りだす作業を延々と一時間半。私の方からも、私が取り組んでいる息子の作文のことから、語彙力アップの課題を話したり、私が作った勉強のレポートの時間と回答率の関連データを見せながら見解を述べたり、アドバイスを求めたりしました。

こうやって、一人で奮闘するのではなく、ソーシャルワーカーさんやセラピストさんがいて、一緒にプランを作り上げられるって本当に感謝なことだと思います。(骨の折れる仕事だけれどね…)

この日はセラピストさんとの面談が終わった時点ですでに午後五時半だったのと、夕食が必要な人数も私と次女の二人だけとあって、外食してきました。「嵐にしやがれ」で放送されていたダイゴミバーガーです。

新しく横浜駅前にできたアソビルの中にあります。

ラクレットチーズたっぷりのこのバーガー、スパイスの効いたパテが美味しくって二人で楽しい時間を持ちました。

この日ばかりは「糖質オフダイエット」という言葉を脳の片隅に追いやりました。

久しぶりにフル回転の一日だった~

のんちゃんと息抜き

のんちゃん、無事に修学旅行から帰ってきました。

月曜から水曜日。携帯を持たずに出かけなければならないので、学校を信じて、ひたすら待つ日々。これが私には初めての体験だったので、新鮮であり、不思議な気分でした。「娘を導かれる神様を信じよう」という新たな領域の信仰が開墾された気分です。子供3人目にしてそのような気分になりました。子育てはどれだけ育てても、何人育てても、学ぶことが多いな~。

さてさて、そんな旅帰りののんちゃん。この週は木曜、金曜もホームスクールをもお休みにしました。(でも、勉強が趣味?特技?に近いのんちゃんは、オフィスで勉強するはーくんの横で英検や数学の勉強をしていたんだけれどね。)ちょうど、のんちゃんとは別にはーくんもこの後1週間、学校の方のスクーリングで家にいないのです。だからのんちゃんがここで1週間休むことで、最終的には2人の夏休みの始まりが一緒になるという算段です。

のんちゃんは自主的に勉強していたのだけれど、宿題がないので、午後は比較的時間がゆるりと過ぎていました。木曜日ははーくんは習い事もあるので、その間は2人きりに。そんなわけでのんちゃんと一緒に映画に出かけてきました。子供と出かけるって意識しないと実際に行動できないのよね。テレビでニュースを見ながら洗濯をたたんで、おいしそうなレストラン特集とか見ながら、「これ、いこうよ」って話してても、「うんうん。」ってその時の返事だけで、いざ、行こうってなると予定が立たないこともざらです。

映画に行く前後で修学旅行の話を聞けて楽しかったな~。映画の内容は、だましあいだから教育的にはまぁ、あれなんだけれど、げらげら笑えたし、久しぶりの1対1のお出かけだからよかったです。

LCA卒業にあたって~ホームスクールという人生の節目を閉じること~

先日、娘のLCA卒業証書を渡すことができたことをちょろりとブログったのですが、改めて少しこちらのほうにも書いてみたいなと思います。

 

本来ならば6月末にあったLCAの合同卒業式に参加する予定ではあったのですが、大学の中間試験と被ってしまい、残念ながら卒業式参加は断念。

 

そして、夏休みが過ぎ、いろいろ事務的なことがひと段落ついたころにでしょうか?卒業証書が送られてきました。

 

非常に立派な卒業証書です。

立派に走りぬいた証拠です。神様感謝、栄光主にあれ!ですね。

 

パッケージの中には担任だったLISA先生からのメッセージが娘宛に同封され、心温まりました。だって、手書きだったのだもの。

 

オフィシャルな成績証明書と親の私たちが眺めてみることができるアンオフィシャルな成績書も同封されており、彼女の高校生4年間の軌跡(奇跡)をたどることができました。

 

 

LCAに入る/入らないはACEプログラムのホームスクールをしていると悩むところなのかもしれません。そのことでも質問を受けることもあります。ホームスクールのお子さん一人ひとりの個性も能力も違うので偉そうに「こうです」なんて言えませんが、個人的には「入らないはっきりとした理由がないのであれば入るのがいいのではないか?」という感じです。

聖霊様に聞くのが一番ですね。

 

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こうして、ある意味、目に見える形でホームスクールが終わったのですが、ホームスクールって、高校過程が終わったから、課題が終わったから、18歳になったから、「はい、終わりぃ~」っていうものではないように感じています。エンディングにもプロセスがあると。

 

「最後まで走り抜け(Finishing Well)」という本を最近読み返したのですが、そこではとても興味深い、また霊的洞察力のある文章が書いてあり、本当にそうだなと思いました。それは、

「新しい人生の章を始めるために、前の章を閉じなくてはならない」

ということです。

 

人生の節目をしっかりと閉じることは大切だなと本をよんでつくづく感じました。私なんかも過去の門を閉じなかったおかげで、しなくていい苦労をしたり、人を裁いたり、恨んだり、ひどいものでした(笑)。後悔ではなく感謝で、自己憐憫ではなく悔い改めで、恥ではなく希望で次の人生の章に入れたら何と幸いなことでしょう。

 

今、大学生になって、娘は新しい章が始まっているのですが、時々、閉じてたはずの門に隙間が出てきたり、鍵がさびてちゃんと止まってなかったいような場面に遭遇することがあります。

 

ホームスクールでもっとまじめにやっておけばよかった

ホームスクールだったから、私はちょっと変わっている

 

頭の中でも、信仰でも「ホームスクールは神様の御心、これでよかった」と思っているけれど、時々、不安になったり、疑ったりなのかなと思います。(←親の勝手な解釈ね)

 

そんな時、もう終わってしまったホームスクールの時間が、次元を超えてふと舞い戻ってくるかのような感覚になります。つい半年前は当たり前のように与えられていた子供と心を分かち合う時間です。

 

最初は、親の私もきちんと彼女の率直な気持ちを受け止める準備ができてなくって、娘を説き伏せようとしてしまったのですが、最近、少しずつ親として何をするべきなのかを神様から教わっているように感じています。それはいのちを吹き込むということです。

 

あなたは愛されている

あなたはホームスクールを立派に駆け抜けた

 

そう魂に宣言し、抱きしめることだと感じています。(えー、現時点では)

 

長女は次々と長男、次女が生まれてたくさん甘えることをできずにお姉さんに成長してしまったように思います。抱きしめるということも、特に次女なんかに比べたら半分くらいしかなかったかもしれません。

 

でも、最近はお姉ちゃんがよく抱きしめられている姿を見ます。

そんな時、次の人生の章を立派に駆け抜ける準備をしているのだなと感じます。いつか、こんな時はなくなります。その時に本当に本当にホームスクールが終わるのかもしれないなぁと感じている今日、この頃です。

奇跡を信じて

お久しぶりです。

前回のブログからずいぶんと時間がたってしまいました。

 

いやぁ、もう聞いてよ!状態です。

先々週の週末に喉が腫れ、耳鼻科に行って薬をもらって、週末明けには回復したのですが、その後、熱はないものの午後になると体がしんどいという日々を過ごしていました。今年の風邪は熱は出ないけれど長引くタイプらしいです。( ;∀;)みなさんも気を付けてね。

 

先週は9時から12時までホームスクールをし、午後は母さん店じまい状態でベッドで横になる日々を送っていました。先週末もじっくり休んで、今週は元気です。昨日は久しぶりに運動をしました。いやぁ、それにしても、先週丸まる一週間は運動をしなかったので、体がなまってしまいました。昨日、久しぶりにジムに行き、今日は全身筋肉痛に包まれております(笑)

 

さてさて、私の話はこんなところで、本題です。

 

大学に入学してから、集団生活や勉強、新しい環境に慣れるのに苦心し、アップアップだったお姉ちゃんですが、夏休みを終え、さらに夏休み中にしっかりと霊的栄養補給もして、落ち着きを取り戻しています。夏休み中は、バイトしたり、勉強したりして過ごしていましたが、再度英検に挑戦することにしたのでした。(お友達と一緒に受験しようと決めたようです)

 

高2の時にとった英検準1級が好成績だったため、高3のAO入試前に試しに受けた1級。単語がめちゃめちゃ難しくて、(まぁ当たり前だよね、だって対策勉強しなかったし)1次で落ちたのですが、夏休み、自分で練習問題なんかを買って、少しは勉強していたようでした。

 

んで、もって、テストの日。

 

1次試験ではライティングに力を入れているようだったので、かなりの時間をかけてエッセイを書き上げ、意気揚々と帰宅。

 

そしてその後、テスト問題をパパと二人で見ながら、

 

危機的な間違えに気づいた模様。英作文のテーマの…

 

問題文の単語1つをちょっと勘違いしていた!!!

 

なんか、わりと本人的には致命的だったらしく、まったく見当違いのことを書いたかもしれない…。

 

 

(ノД`)・゜・。

終わった。

(↑ 本人の心の声)

 

そんな中、いやいや、奇跡を信じて祈りましょうと「あーでもない、こーでもない」と話した挙句に一応はそういう落ちで会話を〆たのだけれど。

 

本人も忘れかけたころ。ふと、今日、合格発表だったかもと期待せず、ふたを開けてみたところ、

 

わずか合格点よりプラス2点で一次試験を合格していました!

 

まさにこれこそ神業。

 

神様は恵みをもって私たちを悔い改めに導くお方。このことを通して、自分を誇るのではなく、神様にゆだねる信仰を教えられたお姉ちゃんだったのでした。

 

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長女がホームスクールを終えて半年が過ぎました。そして最近、お姉ちゃんとの会話の中でよく、

「去年の今頃は…」ということが出てきます。

 

本当に去年の今頃から、この春までは怒涛の変化でした。よく頑張ったなと思います。

 

 

親としても、最近、不思議な気持ちになるときがあります。必死にホームスクールで教えていた時には気がづかない、終わってふと、神様に教えてもらえるようなことです。

 

私は子育てに後悔がないという清々しさです。

 

「もっとあーすればよかった、もっとこうすればよかった、あれはしないでもよかった」といった気持ちに全く縛られていません。

 

娘から、大学の勉強面での準備という意味で、ホームスクールの勉強の量が足りなかったことを指摘されたりもあるのですが、そしてもちろん、「ごめんね」という気持ちにもなりますが、それ以上にホームスクールを否定するほどまでの気持ちにはならないんです。

「不完全だったけれど、だからといって後悔はない」という不思議な思いになっています。

 

長女はくだらないことから深いことまでいろいろ話しますが、そういう関係であるということがまず感謝だし、加えて学校では学べなかったことをたくさん教えることができたし、あたしって、本当にダメなんだ。と落ち込んで帰ってきても、父親も母親も彼女のホームスクールの努力をつぶさに見ていることもあってか、確信をもって彼女を抱きしめ、

「あなたは本当によくやった」

と伝えることができるこの恵みに感謝しています。

 

 

最後はちょっとしんみり終わりますが、ホームスクールをした人しかわからない苦労もありますが、した人しかわからない恵みがありますってことで、

 

おやすみなさい。

 

 

 

久しぶりに長男と

先週、久しぶりに長男と二人で出かけ、夜、とんかつを食べながら人生について語り合いました。

 

一緒に映画もみたよ。

 

いちいち怖いシーンの度に「キャーキャー」いう母を嫌がらずにいてくれてありがとう。

 

にしても、怖かった。ジュラシックワールド。

FUNタイム 末っ子編

久しぶりののんちゃんとのファンタイムは

 

 

ピーターラビットの映画でしたぁ❤️

 

 

月一回のデート

ママは筋力アップのためのトレーニングに出てからの映画で眠気に襲われそうになったけれど、なんとか映画に集中できた。

Lunch time

 

今月ののんちゃんとのランチアウトは彼女の希望でシェイクシャックに。

今年チャレンジしてみたいこととか、ラインスタンプのこととか、大切なことからくだらないことまで話しました。

母娘タイム

娘とのデート。

 

パンケーキ屋さんでランチして、春物の服の買い物が今回のテーマ。

 

 

もう、先生と生徒の関係ではなくなった、楽しい親子時間です。

 

 

新しい季節♡🌸

Fun Time with Mom

今年になってから、子供たちともっと気軽に遊ぼうという時間を作ろうと思って、一回3000円のバジェットで月に一回、遊ぶことにしました。子供たちにとっては月1回の楽しい時間、私にとってはほぼ毎週が子供たちのだれかと密に遊ぶ時間です。

 

子供たちも大きくなるとそれぞれの予定で忙しくって、なかなか時間が取れず…。そして改まって、「さぁOne on Oneで話しましょう」という堅苦しいのもねぇ…となり、まずは楽しく遊ぼうとなりました。私にとっては「これは胃もたれするかも?」と思う食材でも、とりあえず「いいよ」と拒まないようにしています。内容がついていけないMARBELの映画であっても絶対見ようと決めています。

まずは子供たちの好きなことを知りたいし、知っているだけじゃなく体験したい!「興味を持っているよ!」というのを伝えることから始めたいと思っています。

 

長女とは、普段食べないような中華料理やさんへ行って、ファッションの話やら、大学いったら友達できるかな~とかそんな話をしたり、

長男は回転ずしとかいろいろまよったあげく、

もう一回スターウォーズを見に行くことにしました。

 

家族5人だとバジェット的には食べられないおやつとかも食べることができます。一緒に写真をとって、やれやれ話したりするのが楽しいのです。

 

説教されるかも…とか思われない雰囲気を心がけて、私も童心(ティーン)に帰ったつもりで若者文化を楽しもうと思っています。

 

愛とは… 相手に対して関心があるという意思表示を選び取ること…かな?と思い始めているアラフィフの入り口に立っているなっちゃんでした。