Archive for Homeschool Coaching

オープンキャンパスへ

先日、通信制高校主催の進路相談会に参加したことは、こちらのブログでも書きましたが…そこで個別相談をさせてもらったいくつかの専門学校のオープンキャンパスに夏休みを利用して参加してみることにしました。

先週の土曜日、とりあえずの1校目。

プロの先生からの指導を受けて来ました。

今、習っている先生もプロで活躍されているのですが、ジャンルがジャズなんですね。息子は大のロック好き。今回の先生はロックが専門の先生だったこともあり、大きな刺激となったようでした。

マイファス(←もしかしたらワンオクかも…)のなんとかっていう曲の出だし(←もはや母は息子の興味についていけてない)のリズムなんですが、結構アップテンポで息子は叩けなかった~と悔しそう。でも先生のお手本は完ぺきだったそうです。

ドラムを始めた時、先生から「スティックの三分の一の位置を持つように」と言われても、分数の概念もわからない状態でしたので、先生がテープを張り付けたほどでした。ですが、O先生はその後、地道に息子にドラムの楽譜を読むこと、書くことを教えてくれて、今ではちゃんと解読できるように…。

難しいビートも専門学校の先生がささっと白板に書かれ、それを見ながら頑張ったようです。(パパ談)

今週は2つの学校を見学しに行きます。一つは音楽系の専門学校、一つは技術系の短期大学です。技術系の方は私が、音楽系の方は主人がサポートでついていきます。

映画を見に行きました

今日は、友人と八ヶ岳にトレッキングに行く予定でした。ホームスクールもお休みで、自主勉強の日として設定していたのですが、昨日の地震を受けて、朝、延期としました。

そこで、ぽっかり一日が空くことに。

神様からの贈り物のような一日。勉強してもよかったのですが、せっかく休みとしてスケジュールしていたので、フィールドトリップの日にしちゃいました。

のんちゃんとはーくんと3人で、みなとみらいの映画館へ。実写版アラジンを観に出かけました。

最近、我が家ではとある映画館のプレミアムシートで映画を観ることにはまっておりまして、プレミアムっていうとちょっとお席も広くて、もちろんお値段も少し上がるのですが、なんと無料のドリンククーポンが付いてくるので、毎回ドリンクとポップコーンを手にして映画をみる我が家にとっては結局支払うお金はほとんど同じという、なんともありがたい席なんです。

今日もその映画館へ行こうってなって、あと10分で始まっちゃう、急がなきゃ~とわさわさしながら、ジュースやらポップコーンやらを買ったのですが…さぁ、いざ劇場へ!ってなったその時に息子が一言

「ママ、今日は映画に連れてきてくれてありがとう」と発しました。

我が家で「気の利いたことをいう」専門家ののんちゃんを差し置いてそんなことを言ったもんだから、私、立ち止まっちゃいました。のんちゃんも慌てて「ママ、ほんとにありがとうね」と付け加えるくらいだったから…。

ジュースを片手に持っていたので、ハグはできませんでしたが、肩に手をポンと置いて、

「どういたしまして。今のお礼の言葉、最高のタイミングで言えたね!すっごいよかったよ!」と笑顔でめちゃめちゃ応えてほめました。

息子にはセラピーを何年もやってきたけれど、去年の冬の始めにABAで会話の介入を本格的に始めてから、ちょっとずつ進歩してるなと手ごたえは感じてましたが、今日、ついにお礼の言葉を最高のタイミングで言えるまでになりました。

映画はとても楽しみにしていたけれど、ママは「ありがとう」って言われたことで自分の心が報われたことがもっと嬉しい。また、明日から、頑張ろうって気持ちになりました。

神様はいつも最高のタイミングで…

先週末はチアコンベンションでした。そちらで感じたことはまた別に書くとして、最近、子育てで感じたことをちょっと書きたいと思います。長くなるかも…。

去年、イスラエル旅行に行ったのはこちらのブログでも書きましたが、旅から戻り感じたのは、イスラエルの歴史や地理を実はあまり知らないということでした。そこで、今年から聖書通読をするときに、地名が出てきたら地図で確認してみたりということをしていました。そんな中、列王記、歴代誌に通読が突入。混乱するイスラエルの歴史の中で、聖書では1行で書かれていることの背景をもう少し知りたいなと思って、この漫画を夜寝る前のひそかな楽しみとして読み始めました。

マンガ 聖書時代の古代帝国 という本です。興味のある方はこちら

この漫画で、聖書の行間を少し垣間見ることができ、聖書の理解が深まったのはもちろんなのですが、牧師先生に勧められた「年代順に聖書を読む」という方法での聖書通読がですね、これまたどっこいすごくいいのです。そこで気づかされることがびっくり。例えば、歴史書を読み進めていると突如詩篇が順番に来ます。そうすると、その詩篇はこのような背景で読まれたのかと恵みが今までの二倍、三倍になるのです。

最近の通読はイスラエル王国が滅びて、いよいよユダが滅びようとしているところです。イスラエルが政治的に混乱していく中で預言者が警告しています。ハバクク、エレミヤが神様にどうして滅ぼすのですか?と叫ぶ中、神様は神殿は滅ぼされることを伝え続け、信仰に生きることの本質を伝えていきます。でも神様の計画は壮大で、ユダがもう風前の灯火の中、同時期にバビロンでダニエルたちが神様によって選ばれていることを見ると、なんと歴史は壮大で、神様が支配されているのだろうかとその神様の大きさに畏敬の念が生まれます。と共に、神様の父なる愛が私の中にどば~っと流れ込んでくるようです。冒頭の漫画の知識も助けてくれて、本当にかみしめることができました。

この後、神殿は壊され、そして、エズラ、ネヘミヤによって再建されるのですが、「ダビデ/ソロモンの神殿づくり→神殿の破壊→エズラ、ネヘミヤによる再建」の図式を見た時に、これは、人の成長ではないかな?という気づきが与えられました。

私もホームスクールで子育てし、祈りとみ言葉でその時その時の最善を子供たちにしてきたつもりですが、やはり親も罪人ですから、失敗もあります。懲らしめが行き過ぎて子供に怒りを教えたり、かわいがりが転じて自惚れを植え付けたりしているのです。そして、ティーンエイジャーになるころに、それが実となって出てくるのですね。そして、そこからは、子供自身が神様の関係の中で、もう一度信仰の土台を固める時期が来るのだと思います。時には表面的な反発もありますが、うちに潜む根深い罪もあるでしょう。

私はこんな風に思いました。

ソロモンの神殿は、親のダビデの準備がありました。ここは子供時代のホームスクールです。親の導きの信仰生活がその時期です。そしてその後、継承された王国時代がティーンの時期のことです。子供が親の目を盗んで何かをしたり、さぼったり、悪い考えに走ったりするのを見ることは、ことの大小にかかわらず胸が痛みます。「反抗期だから」と放っておくことだけが、ティーンとの付き合い方ではないと私は思います。この時期に大切なのは、ユダの王国のように、悔い改めと赦しを求めるということの習慣だと思います。ユダには悪い王様と良い王様が順番に出てきますが、悪い王様の後、良い王様が出てきたときは、改革があり、そしてお祝いがあります。ティーンのアップダウンはまさにそんな感じなように思います。そして、最後に子供たちは本当に神様の前に降伏するという時が来るように思います。私もティーンの子供たちを育てて、圧倒的な神様の計画と神様の愛を受け取るのに、時に知識やクリスチャンの礼儀的なものが邪魔をしているように感じる時があります。これは、親が正しく神の愛を示していない親の罪です。(もちろん、子供も罪びとだから、受け取り手の罪でもあるけれど…)もっとシンプルに受け取ればいいのにと思うのですが、ティーンの我が家の子どもたちにはそうもいかないところがあります。ここを見つめている時間が親としては、本当に苦しいです。あえて、失敗するのを見ることはもどかしいと思います。そして時にクリスチャン的常識が壊れた方がいいと感じる時があります。ユダの人々も、「神殿には神様がいるのだから、イスラエルが陥落することはない」と思っていました。しかし、神様はそこを壊して、神様と誠実と真心をもって関係を持つことを望まれたことを見る時に、神様は土台を作り直したかったのではないか?という思いが与えられました。私の子育ても然りで、ティーンの子供たちが大人へと成長していく中で、土台がもっと固くなる必要があるように思います。そのためには神殿は邪魔な建造物にすぎないのかな?と…思うのです。

もちろん、今の時代に生きる私は、その後の神殿の再建を知っているのでこんな風に気楽に思えるのかもしれません。ですが、こんな風に神殿とホームスクール(子の躾)を結び付けて考えてみた時に、今まで、私はソロモンの神殿に固執してしまっていたのかしら?とも思うようになりました。「どうしてこうなってしまったのだろう?」「何が悪かったのだろう?」「まだ足りないのだろうか?」という思いにかられ、子供たちの成長の勢いについていっていませんでした。神様の御心を求めることよりも、修繕したいきもちが強かったのですね。きっと…。ですが、ある時「土台のために、神殿は壊れた方がいい」という思いになった時に、ティーンの母親として何か肩の荷が軽くなったというか、「神様、私が作った城壁なんか壊しちゃってください。そしてあなたが立て直してください」とむしろ壊れることを求めるような気持ちになりました。そして神様への期待があふれ出てくるようでした。

先日のチアのコンベンションでも、ホームスクール卒業生の証しやその後の歩みを聞き、神様のカバー力のすごさを語っていたので、私も心から「アーメン!」という気持ちになりました。勝手な解釈になってしまいますが、「どの子供たちも、ティーン時代にその親の作った神殿は壊され、そして土台がもう一度作り直されて、むしろ前よりももっと素晴らしい歩みが得られている」とつよく感じました。ティーンを育てることに不安を覚えるお母さんたちは、是非、聞いてもらいたいな~。

神様はいつも素晴らしいお方ですね。

レポート山掛け対策データ

息子が必要以上に勉強に時間がかかるような気がして、勉強方法を見ていたところ、彼の特性のこともあるのですが、勉強しながら「山を張る」みたいなことをするのが苦手なのではないか?ということがわかり、数か月前からレポート(単元ごとのテスト)対策を始めました。

今まで勉強してきたACEでは、セルフテストが合格していれば、ペーステストで不合格になるということはほとんどなく、それは、そこに出てくる設問がかなり似ているという特徴がありました。

つまり、息子は「同じ問題を復習すれば、テストは合格できる」ということの証明みたいなものだと思いました。

目標は2年後の卒業と定めて、レポート対策=ポイントを押さえた勉強法を獲得することを取り組み始めました。短時間で勉強するコツをつかめば、好きな趣味はもちろんのこと、友達との遊びやもしかしたらバイト?なんかにより時間を割くことができます。

1 レポートまで来たら、それまでの確認テストを一度復習する。

2 レポートの選択問題の問題を母である私が読み上げ、それをノートに書きとる。(この時に答えがわかれば、書き留める)

3 ノートの設問に答えて、しっかり答えを教科書から見つけ出し、書き込む。そしてそれを覚える。

この3ステップを踏んで、やってみることにしました。ゴールカードにはR(復習の日)として書き込み、復習日を設けました。

データには、ひらめいた回答数がいくつなのか、そのひらめいた回答の正解率はどれくらいか、そして、復習前時点での正解率を割り出します。さらに次の日に、復習後の正解率とそれにかかったテスト時間、さらに記述式のレポートの回答率と時間も書き込みます。

これをやり始めてから、だんだん見えてきたことがありました。

1 ひらめいた回答数が少なくても、その正解率は70パーセント以上が多く、実は分かっていることの記憶は消えない。

2 復習後の正解率はほぼ80パーセント以上で、復習することはとても意味がある。(=このことから、大学受験など、志望校の傾向を分析して、過去問をやりまくれば、レベルにもよるけれど、合格も可能か?という推測がたちました。)つまり、やればできる子です。

3 設問の答え方にはパターンがある。2文字でとあれば、2文字で答えるとか、意味は何か?という設問には教科書通りの答えの語尾を変化させて~という意味と補足しなければならないことに気を回れない。など、惜しいミスが多い。

4 教科科目によっての得意、不得意の違いが数値化される。

息子本人ともデータをもとに、この科目はもっとこうした方が点が上がるかもなどを意見を交換することもしばしば。やる気も上がってきているように思うので、感謝。何よりも、時間の使い方が少し上手になったように思う。

今日は、このデータをもって、セラピストさんと面談してこようと思います。セラピストさんの行動計画の役に立つといいのだけれど…。

ボランティア活動

突然ですが、4月2日は何の日か知っていますか?

そうです!4月2日は国連が定めた「世界自閉症啓発デー」です。この日は希望と癒しを意味する青がテーマカラーなんです。世界中のランドマークが青くライトアップされる日でもあります。

自閉症スペクトラム障害の原因、治療法、特効薬はまだまだ分からないことが多いのですが、ここ数年の研究の結果、ABA(応用行動分析学)による早期療育治療は科学的にも成果を上げています。事実、アメリカやカナダでは、自閉症スペクトラム障害の子供たちはこの早期療育プログラムがほぼ毎日、公費で受けることができるのです。

ですが、日本ではABA療育を施せるセラピストも少ないですし、人を養成することができる専門家はもっと少ないのが現状です。ABAがよいと分かっている親は、そのスキルを自分でお金を払って取得し、子供にセラピーするか、ものすごい高いお金を払ってセラピストに通うか、どちらかしかないのです。

この現状をなんとかしようと立ち上がったプロジェクトがあります。「はなそう、あるこう、横浜」です。日本でも欧米並みに公費でABA療育を受けることができるための一歩を踏み出すがため、私の住む横浜で講演会&ゴミ拾い活動をするんです。

先日、のんちゃんと二人、そのイベントで着るTシャツをたたむボランティアに参加してきました。もちろん、当日もボランティアをします。

のんちゃんは、弱者に対する思いが強く、一時期はユニセフで働きたいと本気で考えていろいろなことを調べていたのですが、最近は、その弱者が貧困から障害に変わりつつあります。「あれ?なんか、自分のまわりに発達障害の人を神様が与えてくださっている?」と感じている様子。

私自身も自分の子育てを振り返ると、決して楽ではなかったけれど、一世代前はもっと大変だったのでは?と思います。当時の自閉症の子を持つ先輩ママたちが多くの福祉の道を切り開いてくださったのですよね。その恩恵の中で、(自閉症の)息子を育て、助けも受けました。ですから次の世代のために、私も微力ながら何かできたらと思っています。

もうすぐ4月2日です。よかったら、自閉症含む、発達障害の人を考ええるきっかけにしてみてね。またその家族のことを…。夜は町がブルーになります。どうか、希望と癒しがありますように。

成人式、前撮りに向けて

先日、長女が無事に大学一年目を終了しました。

毎日、充実した日々を送っている娘なので、なかなか一緒に出かける時間を持つことができなかったのですが、春休みに入って一日デートしてきました。

娘とは色々やりたいことがあるのですが、この季節にしたかったことは成人式の振袖をどうするのかということです。どんな着物にしたいのかということもですが、レンタル?購入?、写真はどんな風に?着付けは誰に頼む?成人式の式典に行くのか?行かないのか?意外に考えることは多くてびっくり。

昨年から、振袖の案内が家にもよく届いていました。送られたパンフレットを見ながら、家族でわいのわいの話して、イメージを膨らませて思いを馳せていたのですが、先日やっと、近くのお店に着物を見に行ってきました。

赤、ブルー、と羽織る中でこのクリーム色が非常にしっとりと落ち着きました。

お店の人が、ざっくり娘に着付けている時、なんとも表現しがたい気持ちがわいてきました。さみしいのではなく、あぁ、大きくなったのだな~という喜びが泉のように湧いて出てくるような感じです。

もちろん、本人も着物を着たい気持ちがあるので、こんなこと書いたら、「ママ、違うよ」って言われると思うのですが、

『晴れ着姿を見て喜ぶ母」っていうのを体験させてくれてありがとう😊

っていう、気持ちになりました。しみじみ有り難いなー。

↓ のんちゃんも同じ着物と帯で着付けてもらいました。のんちゃんの成人式はもちろんまだまだ先なのですが、せっかくなので♥


女子3人で、お着物の前でおしゃべりする時間がとっても楽しかったです。

LCA卒業にあたって~ホームスクールという人生の節目を閉じること~

先日、娘のLCA卒業証書を渡すことができたことをちょろりとブログったのですが、改めて少しこちらのほうにも書いてみたいなと思います。

 

本来ならば6月末にあったLCAの合同卒業式に参加する予定ではあったのですが、大学の中間試験と被ってしまい、残念ながら卒業式参加は断念。

 

そして、夏休みが過ぎ、いろいろ事務的なことがひと段落ついたころにでしょうか?卒業証書が送られてきました。

 

非常に立派な卒業証書です。

立派に走りぬいた証拠です。神様感謝、栄光主にあれ!ですね。

 

パッケージの中には担任だったLISA先生からのメッセージが娘宛に同封され、心温まりました。だって、手書きだったのだもの。

 

オフィシャルな成績証明書と親の私たちが眺めてみることができるアンオフィシャルな成績書も同封されており、彼女の高校生4年間の軌跡(奇跡)をたどることができました。

 

 

LCAに入る/入らないはACEプログラムのホームスクールをしていると悩むところなのかもしれません。そのことでも質問を受けることもあります。ホームスクールのお子さん一人ひとりの個性も能力も違うので偉そうに「こうです」なんて言えませんが、個人的には「入らないはっきりとした理由がないのであれば入るのがいいのではないか?」という感じです。

聖霊様に聞くのが一番ですね。

 

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こうして、ある意味、目に見える形でホームスクールが終わったのですが、ホームスクールって、高校過程が終わったから、課題が終わったから、18歳になったから、「はい、終わりぃ~」っていうものではないように感じています。エンディングにもプロセスがあると。

 

「最後まで走り抜け(Finishing Well)」という本を最近読み返したのですが、そこではとても興味深い、また霊的洞察力のある文章が書いてあり、本当にそうだなと思いました。それは、

「新しい人生の章を始めるために、前の章を閉じなくてはならない」

ということです。

 

人生の節目をしっかりと閉じることは大切だなと本をよんでつくづく感じました。私なんかも過去の門を閉じなかったおかげで、しなくていい苦労をしたり、人を裁いたり、恨んだり、ひどいものでした(笑)。後悔ではなく感謝で、自己憐憫ではなく悔い改めで、恥ではなく希望で次の人生の章に入れたら何と幸いなことでしょう。

 

今、大学生になって、娘は新しい章が始まっているのですが、時々、閉じてたはずの門に隙間が出てきたり、鍵がさびてちゃんと止まってなかったいような場面に遭遇することがあります。

 

ホームスクールでもっとまじめにやっておけばよかった

ホームスクールだったから、私はちょっと変わっている

 

頭の中でも、信仰でも「ホームスクールは神様の御心、これでよかった」と思っているけれど、時々、不安になったり、疑ったりなのかなと思います。(←親の勝手な解釈ね)

 

そんな時、もう終わってしまったホームスクールの時間が、次元を超えてふと舞い戻ってくるかのような感覚になります。つい半年前は当たり前のように与えられていた子供と心を分かち合う時間です。

 

最初は、親の私もきちんと彼女の率直な気持ちを受け止める準備ができてなくって、娘を説き伏せようとしてしまったのですが、最近、少しずつ親として何をするべきなのかを神様から教わっているように感じています。それはいのちを吹き込むということです。

 

あなたは愛されている

あなたはホームスクールを立派に駆け抜けた

 

そう魂に宣言し、抱きしめることだと感じています。(えー、現時点では)

 

長女は次々と長男、次女が生まれてたくさん甘えることをできずにお姉さんに成長してしまったように思います。抱きしめるということも、特に次女なんかに比べたら半分くらいしかなかったかもしれません。

 

でも、最近はお姉ちゃんがよく抱きしめられている姿を見ます。

そんな時、次の人生の章を立派に駆け抜ける準備をしているのだなと感じます。いつか、こんな時はなくなります。その時に本当に本当にホームスクールが終わるのかもしれないなぁと感じている今日、この頃です。

奇跡を信じて

お久しぶりです。

前回のブログからずいぶんと時間がたってしまいました。

 

いやぁ、もう聞いてよ!状態です。

先々週の週末に喉が腫れ、耳鼻科に行って薬をもらって、週末明けには回復したのですが、その後、熱はないものの午後になると体がしんどいという日々を過ごしていました。今年の風邪は熱は出ないけれど長引くタイプらしいです。( ;∀;)みなさんも気を付けてね。

 

先週は9時から12時までホームスクールをし、午後は母さん店じまい状態でベッドで横になる日々を送っていました。先週末もじっくり休んで、今週は元気です。昨日は久しぶりに運動をしました。いやぁ、それにしても、先週丸まる一週間は運動をしなかったので、体がなまってしまいました。昨日、久しぶりにジムに行き、今日は全身筋肉痛に包まれております(笑)

 

さてさて、私の話はこんなところで、本題です。

 

大学に入学してから、集団生活や勉強、新しい環境に慣れるのに苦心し、アップアップだったお姉ちゃんですが、夏休みを終え、さらに夏休み中にしっかりと霊的栄養補給もして、落ち着きを取り戻しています。夏休み中は、バイトしたり、勉強したりして過ごしていましたが、再度英検に挑戦することにしたのでした。(お友達と一緒に受験しようと決めたようです)

 

高2の時にとった英検準1級が好成績だったため、高3のAO入試前に試しに受けた1級。単語がめちゃめちゃ難しくて、(まぁ当たり前だよね、だって対策勉強しなかったし)1次で落ちたのですが、夏休み、自分で練習問題なんかを買って、少しは勉強していたようでした。

 

んで、もって、テストの日。

 

1次試験ではライティングに力を入れているようだったので、かなりの時間をかけてエッセイを書き上げ、意気揚々と帰宅。

 

そしてその後、テスト問題をパパと二人で見ながら、

 

危機的な間違えに気づいた模様。英作文のテーマの…

 

問題文の単語1つをちょっと勘違いしていた!!!

 

なんか、わりと本人的には致命的だったらしく、まったく見当違いのことを書いたかもしれない…。

 

 

(ノД`)・゜・。

終わった。

(↑ 本人の心の声)

 

そんな中、いやいや、奇跡を信じて祈りましょうと「あーでもない、こーでもない」と話した挙句に一応はそういう落ちで会話を〆たのだけれど。

 

本人も忘れかけたころ。ふと、今日、合格発表だったかもと期待せず、ふたを開けてみたところ、

 

わずか合格点よりプラス2点で一次試験を合格していました!

 

まさにこれこそ神業。

 

神様は恵みをもって私たちを悔い改めに導くお方。このことを通して、自分を誇るのではなく、神様にゆだねる信仰を教えられたお姉ちゃんだったのでした。

 

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長女がホームスクールを終えて半年が過ぎました。そして最近、お姉ちゃんとの会話の中でよく、

「去年の今頃は…」ということが出てきます。

 

本当に去年の今頃から、この春までは怒涛の変化でした。よく頑張ったなと思います。

 

 

親としても、最近、不思議な気持ちになるときがあります。必死にホームスクールで教えていた時には気がづかない、終わってふと、神様に教えてもらえるようなことです。

 

私は子育てに後悔がないという清々しさです。

 

「もっとあーすればよかった、もっとこうすればよかった、あれはしないでもよかった」といった気持ちに全く縛られていません。

 

娘から、大学の勉強面での準備という意味で、ホームスクールの勉強の量が足りなかったことを指摘されたりもあるのですが、そしてもちろん、「ごめんね」という気持ちにもなりますが、それ以上にホームスクールを否定するほどまでの気持ちにはならないんです。

「不完全だったけれど、だからといって後悔はない」という不思議な思いになっています。

 

長女はくだらないことから深いことまでいろいろ話しますが、そういう関係であるということがまず感謝だし、加えて学校では学べなかったことをたくさん教えることができたし、あたしって、本当にダメなんだ。と落ち込んで帰ってきても、父親も母親も彼女のホームスクールの努力をつぶさに見ていることもあってか、確信をもって彼女を抱きしめ、

「あなたは本当によくやった」

と伝えることができるこの恵みに感謝しています。

 

 

最後はちょっとしんみり終わりますが、ホームスクールをした人しかわからない苦労もありますが、した人しかわからない恵みがありますってことで、

 

おやすみなさい。

 

 

 

我が家のディバイスについてとトイレでふと考えたこと

 

↑ こちら、リビングダイニングの片隅にある、我が家のガジェット系のもろもろを置くスペースです。

 

今は夜の10時過ぎ、子供たちの携帯電話が充電のために戻ってまいりました。

 

おかえり、携帯たち。お疲れぃっ!

 

携帯電話は、2階(自分の部屋)にもっていってはいけませんというのがルールです。使うときはリビングかダイニングかホームスクール中でないときのオフィスの部屋のみなんだ。

↑ 全員がiPhoneになって2年目になるんだけれど、これはみんな守ってくれて感謝。

あとはさして、ルールっていう感じではないのだけれど、指認証で私もパパさんも子供たちの携帯の履歴をすべて見ることができることになっています。(そんなに豆にチェックはしてないんだけれどね

長女が今の次女の年齢の時に比べたら、たった4,5年で使用するアプリも変わったし、アプリ自体もどんどん変わってきていて、すべての子供たちを同年齢で同じように扱う…というのはなかなかできないこともあるのだけれど、(やっぱりどうしても次女の方が何かを始めるきっかけが早まってしまう)

時代の波や容赦なく襲ってくる…

 

んだよね。

でも、怖がる必要もない、便利になっていくこともたくさんある。おばちゃん、頑張るよ。時代についていけるように。

 

あと半年後には、携帯機器もみんなで変更予定。7→X(できればXs)に変更予定。

 

ころころ携帯を変えることはどうなんだろうと思ったこともあったんだけれど、時代の変化に応じて終わってしまうサービスもでてくるだろうし、そういうものなんだと割り切るようにしています。新しいものを手にすると、型が古くなければ今使っているものも中古で売れるということもあるので、神様が経済を許してくれる限りはそんな感じでいこうかなと。

 

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先日、トイレに入ったところ、二つのホルダーの両方が紙切れという状況に出くわした。

 

「一つが切れたときに、気を利かしてもう一つを使った後に補充をする余裕がなかったのだろうか?」

「二つ目のペーパーを最後まで使い切った人は次の人が用をすました後に『な、ないっ!』とびっくりする姿を想像して可哀そうだとは微塵も思わなかったのだろうか?」

「たった20秒というすぐ横の棚からペーパーを取り出して、取り替える(しかも押し込むだけという超簡単な行動)ことをすることすら許されない一刻を争う事態があったのだろうか?」

「せ、せめて、ホルダーにセットしなくてもいいから、近くに置いておく(そうしたら、ごめん、気持ちはセットしたいんだが、時間がないんだよ!がくみ取れるのに)ができなかったんだろうか?」

 

いろいろよぎったのだが、

これはきっと神様が「トイレットペーパーくらいで気持ちを乱す必要はない」という私への試練だったのだと受け止め、

 

犯人捜しはしませんでした。

 

 

なっちゃんは忍耐を学びました。

おめでとう!

長男のはーくんですが、2年ほど悩んでいた進路が決まりました!

この度、10月1日よりN高に入学しました。

これは先週末、パソコンでネットコースの登録などを済ませているところです。

 

今まで勉強してきたPACEは8年生の分まではしっかりとやり遂げようと話しています。なのでしばらくはPACEを抑え気味に続けながら、N高1年生の課題を勉強する形になります。

 

この半年(1学期間)でN高のネットコースの勉強のペースをつかめることができるよう、サポートしていきたいと思っています。そのうえで、今後どのようにACE教材を盛り込んでいくのかは、1096のペースが終わった時点でまた考えようと思っています。

 

息子は長期に記憶をとどまらせておくのが難しいので、高卒認定試験も考えたのですが、通信制高校でレポートを書くのが自分には合っていると思ったようです。

 

この2年間、次のステップ(高卒資格)のためにどのようにするのが一番良いのか祈ってきたし、答えが出るまで待っていたのですが、このように本人も納得の形でN高に入学できてよかったと思います。

 

N高には、高校の科目以外に特にコンピューターに力を入れているので、少し余力が出たら、プログラミングコースもトライしていきたいと思います。

 

随時、情報、アップしますね~。