Archive for 2018/05/31

結婚式に何を思う?

教会の若いカップルの結婚式にご招待を受けました。

 

高校生の時から知っているお友達夫婦の娘さんが結婚されるなんて、時の流れの速さにただただびっくり。

 

年をとるって、恐ろしぃわ。

 

先日、新郎のバチェラーBBQパーティーがあって、主人もお呼ばれされたのですが、口を揃えてみなさんに「娘が大学生になったら、あっという間に結婚だよ!」と言われ、ちょっとテンション下がって帰宅してたうちの主人。

 

結婚式でも、新婦のお父さんから、

「娘が大学生になるでしょ、目つぶって、それで目あけたら、結婚式だから!」

とダメ出しを受けてました。(笑)

 

やっと大学生と安堵してたけれど、きっとここからの5年とかは、超めまぐるしいんだなと覚悟しました。

 

10年後にはおばあちゃんってこともあるかもしれないかしら?!

 

 

そんなこんなで、今回も結婚式に興味津々の娘二人のために写真を頑張ってとることを託されていた母のなっちゃん。こんな場所で、こんな景色で、ブライズメイドの服はこんなで、新婦のドレスとヴェールはこんなで、飾り付けの花はこんなで…となるべく帰った時に子供達に残念がられないようにと写真をとる予定でした。と、ところが、今回のお式、演出がね、新婦入場でお母様がヴェールをかけるというのがあって、そのひとときをみたら、もうだめ、その時点で涙腺崩壊してしまいました。(もし自分だったらって感情移入しちゃって、耐えられん!!!)

 

てなわけで、写真、少なめになっちゃったんだけれど、幸い、教会の若い人たちがインスタでバンバン写真をあげていたから娘たちはタイムリーに色々と情報をえていたみたい。よかったわ。

 

結婚、出産、人生にはいろいろな節目があると思いますが、そのような時に、その人がどんな家族関係を築いてこられたのか自然と滲み出るように感じました。とにかく、愛に溢れた結婚式で、招かれたことが本当に幸せなことだったんだと感謝の思いがあふれ出ました。

 

美味しいご飯と魔法のような時間にうっとり夢見ごごち。

 

 

 

 

 

 

最後に……自分の腕があまりにもボンレスハム状態だったので、これからしっかり鍛えようと心新たにした夜でもありました。目指せ、(適度に)筋肉美人。2キロ絞ろう!

すっごく久しぶりの遠足

ここ数年、引っ越しや長女の受験、私の体調の変化などがあり、遠足をやめておりました。その代わり、きっちり勉強を終わらせ、オーナーロールを充実させるようにしていました。

 

長女も無事大学生になり、さらに大学生活も落ち着き、私も体調が落ち着いて来たこともあって、あ、そろそろ遠足もしたいなと思いました。

 

今回は久しぶりのお台場、未来館です。

 

数年振りの未来館、展示内容が変わっていたように感じました。

 

新鮮です。

 

 

主に長男と一緒に見回っていたのですが、医療のところでブラックペアンごっこ笑

 

「むずい」と何度も何度も挑戦していた息子でした。

 

今回の特別展は

殺人現場の科学捜査と犯人推理…

 

犯人

思いっきり外してしまいました。

 

コナンくんはやっぱり頭がいいね。

 

 

自分でピンと来て興味を深掘りすることが苦手な息子ですが、今回のコナンくんの企画は面白かったようでした。

 

隣でつぶさに息子を観察していた母のなっちゃんの中で、

「これは、イケる?」と反応をキャッチできたので、

漫画を数冊買ってみました。

(展示場の最後にね、ショップがあって、ずらーって並んでいるのよ)

 

結果、

 

・・・・・・・・・・・・・・気に入って読んでくれています。

 

 

読みが当たったようです。← 母の勘は強し!

 

 

今回はACEのホームスクール家族と一緒に遠足に行くことができて、交流も楽しかったです。また、時々、神さまのタイミングで色々な遠足ができたらいいなぁと思います。

FUNタイム 末っ子編

久しぶりののんちゃんとのファンタイムは

 

 

ピーターラビットの映画でしたぁ❤️

 

 

月一回のデート

ママは筋力アップのためのトレーニングに出てからの映画で眠気に襲われそうになったけれど、なんとか映画に集中できた。

心を合わせて

特に一緒に聖書を声に出して読んで、一緒にディボーションをして、一緒に声に出して祈るということを意識して、夫婦で朝の時間を聖別することをチャレンジしています。

照れくさいし、敵は「そんな一緒でなくても聖書読めるじゃない」と囁いてくるのですが、

負けません(フンっ!)

 

イエス様を二人の真ん中にお迎えするシンプルな祈りを今日は提案して始めました。

 

二人でお揃いの聖書カバー(婚約の時に作った)の小さいタイプの新改訳聖書を読んでいるのですが、寝起きに小さな文字がなかなか厳しく感じる時があります笑

こんなところで年を感じるますが、「一緒に老いて行っているんだな」と感謝に変えて、我慢我慢。

 

二人ディボーションのお楽しみは、このイスラエルで買った地図です。

一通り、聖書を読んでから、イエス様の形跡を二人で確認しています。

イスラエルの景色が鮮やかに蘇るひととき。心を豊かにしてくれます。

今週は遠足あるよ

月曜日の様子です。⬆️

今週は金曜日に遠足の予定なので、5日分の勉強を4日でやることになりました。

なので、今日はTTD(Targeted Test Day)の確認を再度確認し、ゴールカードを一緒にチェックするところから始めました。

例えばこんな感じです。

1日4ページの課題は5日間(1週間)で20ページになりますが、これを4日でするとなると1日5ページという計算になります。いやぁ、全くもって簡単ですね笑

子供の性格や今までPACEをしてきた経験と慣れによるのかもしれませんが、1日の量を増やすよりも、追加の日にちを土日のどちらかに設けるのがいいと思うお子さんもいると思います。

我が家の場合は、長男も次女も土日はPACEをしないという選択の方が、1日のPACEの量が増えることよりも自分に合っているようです。次女に至っては、余裕のある時に勉強しておいて、何かの非常事態な時でも勉強のペースが乱れないように心掛けている感じです。(偉いな~)

 

土日はPACEから離れて、完全にリラックス。友達と遊びに出かけたり、趣味に走ります。朝ものんびり起きてきます。(日曜日は各自教会のボランティアがあるので、割と忙しいけど。)

こうやって『月~金はPACEで週末は切り替える』というオンとオフがわりとくっきりなホームスクールが我が家の特徴なのかもです。

 

土日の夜は、平日撮りためたドラマやバラエティー番組をだらだら見るのがなによりもの楽しみらしいおっさんな子供たちです。

男前な感じでテレビを見ているお姉ちゃんに寄り添う彼女状態のジョエル。

膝枕、うっとり♡

木曜日の夜

夫君と二人、自由が丘へ。

そして、お腹が空いたねと二人でブルーブックスカフェへ入ってみたところ。(お店はこちら

 

非常に雰囲気もよく、美味しかった❤️

 

 

またランチも来たいな。っていうか、自由が丘って、本当に面白いお店が多くって、ぷらぷらお散歩したい。

 

イスラエル旅行記⑩ レバノン国境、シリア国境、ピリポカイザリヤ地域

イスラエル旅行記シリーズ、10まで来ました。

 

「もう一息だぞ!頑張って書き切ろう!」という前向きな思いと、「書き終わったらイスラエル旅行が本当に終わってしまうよ〜😢」という寂しさが入り混じっています。

この日はガリラヤ湖からさらに北方面にバスで移動しました。

レバノンとの国境まで来ました。

国境っていうから、フェンスがあったり、役所的な機関や建物があるのかと思っていたのですが、

案外、ざっくりな感じで「あのトラックが通っている道はレバノンです」みたいな。

この日は晴れていたのですが、遠くの村をよくよく見ると、レバノンの国旗が立っていました。

またまた昔の話ですが、2002年に韓国と北朝鮮の国境付近を訪問した機会があったのですが、その時はそこいら中、「地雷、危険」って書いてあったのね。こう、危険感が空気にこもっていて、ピリピリしていました。一髪触発の緊張感があったのよ。

 

なので、こちらの国境線はそういう感じではなくて、ちょっと拍子抜けというか、なんというか。

 

うん、ゆる〜いね。

 

 

こちらでも、イスラエルの地図を使って、イスラエルの歴史について教えてもらいました。

 

ここ数日、アメリカ大使館がエルサレムに移ったことの反対デモやガザ地区に置けるパレスチナ問題が盛んにニュースになっていますね。イスラエル旅行がなければ、「あ、そう。」とか「アメリカ、何やってんの?」くらいにしか感じなかったかもしれません。(今は、違います。)

 

ここではざっくりと話すのですが、パレスチナという言葉というのは、ユダヤ人の彼らにとっては突然降って湧いてきた言葉な感じに聞こえるそうです。歴史的に遡り、紐解いていっても、ユダという地区については、=ユダヤ人の地域としての認識があり、頭の中で地域と民族が繋がる言葉なのですが、対してパレスチナということばはローマ帝国の作った言葉であって、ペリシテが語源となっています。ペリシテは地域の名前であり、人種的にはギリシャ人が祖先です。つまり、アラブでも、ユダヤでもないのだそうです。

19世紀までは、国というメンタリティーもなく、構想的はユダヤVSアラブって感じで、ユダヤ民族、アラブ民族の誇りはあるけれど、パレスティナ人の誇りとかそういうものはなかったそうなんですね。

しかし、第一次世界大戦、第二次世界大戦を経て、ベトウィン(アラブ)を守るためにレバノン、イラク、ヨルダンと国々が次々に作られてしまい、国連の仲介はあるものの、いろいろユダヤ人としては我慢しなければならないことになっていると…。

 

これ以上は、ガイドさんの個人的な意見とか、ここに書くと政治的な話になりすぎてしまうので、やめておきますが、ニュースだけでは分からない、国内の生きている人間の意見にも耳を傾けることはとても大切だと思います。

 

ユダヤ人として残念で祈っているのは、レバノンはクリスチャンの国だったのに、そこから変わってしまったことだそうです。ニュースの報道では、イスラエルが攻撃すると、赤ん坊や病院を攻撃したと批判されるそうですが、それはアラブ人の戦略で、彼らは人間を盾にする戦略なのだそうです。わざと武器庫を学校や病院に作るそうなのです。

 

本当にイエス様の介入がないといけないですね。そしてユダヤ人の神への立ち返りを心から祈ります。

 

ツアーのみんなで祈る時間を持ち、そこから、テル・ダンへ

この日も暑ぅぅい1日でした。(注 3月下旬です)

水が綺麗な場所です。ヘルモン山からの雪解け水が、石灰石・玄武岩のフィルターを通して濾過され、イスラエルの飲み水となっているそうです。こちら、この水がガリラヤ湖へ流れます。

ダンは王国分裂後、ヤロブアムによって王国の中心となった場所です。

残念なことにこちらで偶像礼拝を献げ、イスラエル王国は衰退してしまします。

この大きな木は、イスラエルの歴史をたくさんみて来たのでしょうね。

イスラエルは神様に選ばれた民族であるにも関わらず、自ら神を捨てました。私も、今、クリスチャンとして接ぎ木されているものですが、イスラエルさえ切り捨てた神様は、私なんぞいとも簡単に折ってしまうことなど可能です。ですが、神様はそれでも見捨てずにいてくださる。なんと、神様の愛は深いのでしょうか?

イスラエルの失敗の歴史から、主権とは何か?自分は何者なのか?がますますクローズアップされるような気持ちになります。

 

そして、ダンといえばアブラハムがロトの敵を追って来た場所でもあります。

こちら、まさにアブラハムの時代の遺跡だそうです。

石でできているからでしょうか?未だに残っています。

やはり、歴史大好き人間である主人は、紀元前4000年の遺跡とあっては写真をとらずにはいられません。

 

アブラハム時代にタイムスリップできるなんて、感動でしかないです。

 

そして、こちらも、古代の門。

ガイドさんか、イスラエル文化にとって門の大切さを語ってくれました。

門は交流場所、情報をもらう場所、とっても重要な場所でした。それぞれの街で何が起こっているのか、他の場所で何が起こっているのか、知ることができるのが門でした。ダビデも戦場の勝敗の知らせを門で待ってましたし、ルツとボアズの結婚の儀式も門でしたね。

 

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そして、またそんなに遠くなところのピリポ・カイザリアへ。

 

ピリポカイザリアはイエス様が公生涯の最後の方で伝道していた場所でもあります。エルサレムやガリラヤ湖周辺では、イエス様を捕らえたい雰囲気が高まる中で、こちらの方で弟子たちと最後の時間を過ごしたのでは?と推測されます。

ピリポカイザリアは自然も豊かでのんびりとした田舎な感じです。と同時にローマの戦略的都市でもあった(他国との貿易などにおいて)ので、人も多くいたそうです。イエス様がそのような中で神様の思いを伝え、弟子訓練されたのだなと思うと親近感が湧きます。

写真の裏側にはハデスの門と呼ばれる遺跡があります。

マタイ16:18-19
ではわたしもあなたに言います。あなたはペテロです。わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てます。ハデスの門もそれには打ち勝てません。
わたしは、あなたに天の御国のかぎを上げます。何でもあなたが地上でつなぐなら、それは天においてもつながれており、あなたが地上で解くなら、それは天においても解かれています。

イエス様は、この直前に、こちらで、ペテロと大切な会話をしますね。

マタイ16:13-16
さて、ピリポ・カイザリヤの地方に行かれたとき、イエスは弟子たちに尋ねて言われた。「人々は人の子をだれだと言っていますか。」彼らは言った。「バプテスマのヨハネだと言う人もあり、エリヤだと言う人もあります。またほかの人たちはエレミヤだとか、また預言者のひとりだとも言っています。」イエスは彼らに言われた。「あなたがたは、わたしをだれだと言いますか。」シモン・ペテロが答えて言った。「あなたは、生ける神の御子キリストです。」

この時のペテロは大胆な信仰告白に至りました。この後、ペテロは失敗してしまいますが、でも、ここでのイエス様の会話は、ペテロには忘れられないものだったと思います。まさにあれは聖霊が話させてくれたものだとのちにはっきりしたことでしょうね。

 

イエス様は、みんな裏切るとわかっていて、それでも、ペテロを励まし、育てることを諦めませんでした。イエス様、愛が深すぎです。

 

その後、少し山の方へバスで移動、変貌山付近の場所です。

イエス様は、ここに特別な3人の弟子だけを連れてきました。たしかにここは山深く、静かな場所です。

イエス様は人がたくさんいるところ、異邦人がいるところ、構わずに出かけましたが、ひっそりと静まることもされました。

イエス様はピリポカイザリやに入って1週間ほどでこちらを訪れたとされています。十字架にかけられることを知っていたイエス様はモーセ(=100万人の人と40年も荒野で生活しなければならなかったリーダーで約束の地を前にして死んでしまった)やエリヤから励ましを受けたのでしょうか?人として助けや励ましを求めるイエス様の姿に謙遜を感じます。

こちら、十字軍から守るためのアラブ系の要塞。誰がどのようにということは忘れてしまったのですが、9世紀ごろから残されているそうです。

断崖絶壁にたてられた要塞。

よく、私たちもエリヤハウスなんかで「心の要塞」なんて心の状態を表現しますね。実際に要塞をに入り、その入り組んだ構造をみて、姉妹たちと「実際にこうやって見ると、要塞って崩すのに時間がかかりそうね。」「イエス様も私たちの心の要塞を神様のパーフェクトなタイミングで崩してくれるんだね」と話をしながら後にしました。

そんな要塞の中での写真をパチリ。

 

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そしてこの日の最後は、シリアとの国境まで行きました。ゴラン高原です。

ここは 涙の谷 (Tear of Valley)と呼ばれている場所です。

 

この日は過越の祭りの休暇が始まっており、学校がおやすみとのことで子供達や家族づれがたくさんいました。

 

こちらでは、1973年の6日間戦争について話を聞きました。実際、こちらはその時の戦場で、戦死者を記念しての公園となっていました。

子供達が戦車で遊んでいますが、これも、大切な教材だそうです。

 

 

この6日間戦争はまさかの不意打ちの戦争で、シリアとエジプトによる突然の攻撃だったそうです。結果的には勝利をおさめ、国土も守られたのですが、非常にショッキングな出来事で、彼らに与えられたインパクトが強かったそうです。

 

安息日にガイドしてくださったアリエ先生も戦争には参戦したそうです。

 

その時ガイドしてくださったツリエル先生は、私たちが高慢になって神をないがしろにしたので、このように打撃を受けたのだと懇々と話してくださいました。

 

今の時代、色々ハイテクで、私たちが知れる情報も多くなってきている時代において、神様なんか忘れがちですが、そのような人間的な戦略の背後に神様がおられることを語ってくださったツリエルさんだったのでした。

今、個人的には歴代誌を読んでいます。そして「ここに書かれていることを、昔話と思わずに現代に置き換えて考えることのできる信仰を私にもください」といつも祈っています。

イスラエルに行くと、現実のことと聖書に書かれていることを一つにして捉えることができるのが、不思議です。

 

イスラエルマジックですね。

 

 

ちなみに、この場所、日本の外務省のホームページでは行かないようにと書かれているらしい(笑)です。

 

のんちゃん、ハピバ!

先週はのんちゃんの誕生日でした。

今年は家族だけでお祝いしました。

誕生日当日は、アイスクリームケーキでお祝い。プレゼントもその日に欲しいなということで、渡しました。

 

翌日、のんちゃんの希望で中華街でお食事。中華街、近いのにめったに行かないんだよね。

 

子供達の食欲半端ないため、食べ放題のヤムチャはお財布に優しいです。

 

 

子供達3人がティーンなのも、今年と来年だけになりました。

 

それぞれに、色々な用事で忙しく、家族で集まって喋ることも少なくなってしまいました。

 

次にこうやって外食できるのはいつかしら?

母の日わず

最近、暑ぅぅい日が続いてますね。

ジョエルさんも冷えを求めて、床に直接ゴロリンの季節になりました。

 

日曜日は母の日でしたね。

 

前日は次女の誕生日で、中華街でご飯が食べたいリクエストでした。大雨の中、中華街で飲茶をいただき、たらふく食べて帰ってきました。

そして、家に帰るとお花がサプライズで用意されておりました。

 

そして、

子供たちからカードとジム用の水筒をいただきました。あと、かわいいメモ用紙も。お小遣い、そんなにたくさん上げていないのに、こんないいものもらって、「親を敬いなさい」という言葉を信仰で示してくれる神様を愛する子供たちの母で幸せです。

 

 

心からありがとう♡

イスラエル旅行記⑨  ガリラヤ湖周辺

こんばんワニ!🐊

久しぶりのイスラエル旅行記です。なかなか終わりませんが、もう数日続きま〜す。お付き合い、よろしくお願いします。

前日、エルサレムから移動し、ガリラヤ湖畔のホテルに到着しました〜。

これから数日、ガリラヤ湖やイスラエル北部を旅します。

 

この日は前日の長い移動もあったため、ガリラヤ湖畔をぐるぐる回るコース(=つまり移動時間が短い軽め)の日でした。

 

こちら、山上の垂訓の丘です。

前にも書きましたが、四国ほどしかないイスラエルという国は南北で気候が全然違うのですね。

南は砂漠ですが、北は緑が生い茂っているとても美しい季節のイスラエルです。

向う側にガリラヤ湖を見下しながら、自然いっぱいの丘の上を歩き、イエス様の教えを思い起こす時間をとりました。

きれいなお花たち。

山上の垂訓(マタイ5章から7章)は個人的に思い出のある聖書箇所です。

その箇所を聖書を片手に読みながら、湖に向かって歩きました。

イエス様の声が聞こえそうな気がしました。その時の情景を肌で感じ、においや温度も、5つの感覚すべてを使って取り込みたい気分でした。最高に贅沢な時間でした。

娘の名前の由来になった「野の百合」(ルカでは野の花)はありませんでしたが、そこら中に花が咲いていて、イエス様はこんな野の花をみて、慈しみを感じ、かわいらしいと感じ、そして、愛でられたんじゃないかと感じ、私も同じ気持ちになりたいと思いました。

 

ゆるゆる歩きながら、湖の岸辺へ。

ここは、ヨハネの福音書21節でペテロが復活のイエス様に個人的に出会い、話をし、そして「愛しますか?」「愛します。」「私の羊を飼いなさい」と三度やりとりをした場所です。

 

イエス様を3度裏切ったペテロ。そして、和解をする間もなくイエスさまは死なれました。その時のペテロの心情はどうでしょうか?思いめぐらす貴重な時間となりました。

個人的なことですが、私は次女を出産後、自分の容体が急変し死の淵をさまよった経験があります。そしてその時私が主人と最後にした会話は

「愛してるよ」とか「ありがとう」といった相手を思いやる言葉ではなく(笑)

「お父さんとお母さんに娘の誕生を知らせておいてね」

「子供たちの保育園の迎え(当時はホームスクールしてなかったの)、よろしくね」

といっためっちゃ事務的な会話で、私の容体が安定し、主人ともう一度再会した時に涙を流して喜びあったのですが、

最期の会話があんなにならなくて本当に良かった

 

と心底安心したのを覚えています。

 

湖畔では、その時の自分の気持ちにペテロの気持ちを重ねてみたりもしました。ペテロも「あの場面でイエス様との関係を終わらせたくない」というそんな気持ちだったのかな?と思いました。

個人的な見解ですが、まさかイエス様(=メシアで王、生ける神キリスト)があんなに簡単に十字架で死なれるとは思いもしなかったのかもしれませんよね。

思えば弟子たちはイエス様が復活するまで、「死んで三日ののちによみがえる」という預言を思い出せないでいましたし、死ななければならないという預言を聞かされた時も、ペテロは全力でそのことを否定して、イエス様に怒られていました。

 

そんな失敗だらけのペテロの人生でしたが、ヨハネ21章のイエス様の様子は本当に優しくて、優しくて、まさにこれこそ神対応(神なんだけれどさ)ですよね。なるほど、ペテロがその後大胆に証しをする者に、別人のごとく変えられたのがわかります。赦しを経験した人は強いですね。

ガリラヤ湖は水もきれいで、魚がすぐそばをたくさん泳いでいました。(写真だと見にくいですが…)

 

この日も通訳を頑張る我が夫君。

カペナウムにも行きました。

こちら、カペナウムの会堂跡です。

カペナウムに来てから、はっと気づいたのですが、ここはマルコ2章に出てくる場所でした。

中風の人が4人の友人に連れられて、イエス様のおられる会堂に来るものの入れず、屋根をはがしてイエス様の前に釣り降ろされるというあの箇所です。

またまた個人的な話なのですが、この聖書箇所も個人的な思い出がありまして。まぁ、本当に個人的なので「そんなに興奮する?」って思われても仕方がないのですが、私が非言語な息子をどう教育したらいいのか分からなくて困っていた時に、このみ言葉を神様から与えられて、それで、息子とホームスクールする目的と元気をもらえたんです。ある意味、ここは私のホームスクールをする理由の原点でもあります。

 

まさか、この場所がツアー日程に入っているとは思ってなかったので、密かに一人、

感動に浸り

写真を撮りまくりました。

 

そしてこちら、ペテロの家の後です。会堂と隣り合わせで、今は教会がたっています。

教会の床がガラスになっていて、遺跡が見られます。

 

その後、おいしいランチを頂いて…

 

こんどは近くのマグダラへ

こちらのマグダラの遺跡は、カトリック教会が母体となって遺跡を掘り起こし、保存やいろいろな建物を建てていました。(ガリラヤ湖畔です)

そして、こちらの遺跡、なによりも1世紀の遺跡ということで、「実際にイエス様がおられたものだと思う」とガイドさんも興奮気味に話していました。

 

というのも、西暦70年、ローマによって神殿が破壊された後に建てられた会堂は(カペナウムのものもそうだったそうですが)神殿の方向に向かって建築されているそうなのですね。ですが、こちらは1世紀のものでおそらく70年前に建てられたと思われていて、その理由として建築物の設計上、神殿の方向とはあさっての方向に建てられているとのこと。そのような理由からもイエス様の活動時代の遺跡と断定できる貴重な遺跡となっているそうです。

ところどころで、まだまだ遺跡調査がされておりました。

写真の右の円柱の石の前の四角い石(奥)をよく見ると、石の両端にくぼみがあるのがわかりますか?おそらく、この石は机で、巻物の旧約聖書を読むのに使われた、もしくは写本するのに使われたと考えられているそうです。

 

 

さて、マグダラに建てられていた新しいカトリック教会は、説教台を含む前方部分が船の形になっていて、後ろがガラス張りのため湖が見えるのですね。そして、説教者がそこに立つとガリラヤ湖に浮かぶ船からメッセージをされているように見える設計になっていました。すごくモダンでおしゃれでした。

 

その後、ガリラヤ湖の遊覧船に乗りました。

ボートの操縦士さんもクリスチャンの方で、自分の船でワーシップミュージックをかけて、歌うのが喜びと話していました

証しを聞いた後、軽快な音楽が流れて、みんなで大きな輪になりました。

湖の真ん中で歌ったり、踊ったり、楽しいひと時を過ごしました。

この時、20代の若い世代チームはわーわー喜んでいたのですが、60代70代世代チームは(メシアニックジューの皆さんの証しや自分がイスラエルにいることに感動して)涙が止まらなくて泣きながら踊っていたそうで、ある姉妹が聖書のみ言葉に照らし合わせてすごく預言的な時間だったと証してくださいました。

 

この日は夕方にたくさん時間があり、

主人とガリラヤ湖に行き、すこし水につかってきました。

私は早々に上がりましたが、主人は他の教会の皆さんと一緒におしゃべりしながら泳いでいました。

この日も30度に近い暑さだったので、気持ちよかったです。

 

続きます。