Archive for 2018/06/05

イスラエル旅行記11 コラジン、ゲラサ地方、ベトシャンからのエルサレムへ

お待たせしました~。(誰も待ってない?)

イスラエル旅行記もついに11ですよ。やっと時間をとって書き上げることができました。

 

もう2か月もまえのことですが、どうぞお楽しみください。

 

 

この日はツアー最終日でした。

ガリラヤ湖の朝です。

お散歩の途中でパチリ。この日は曇り空のイスラエルでした。

 

朝ごはんを食べて、

バスで移動、コラジンです。

こちらにもユダヤ人の清めのお風呂があります。コラジンはユダヤ教の文化の中でも中心的な場所であったと聞きます。

会堂跡には

モーセの椅子(マタイ23:2)がありました。このことからも立派な会堂だったのかな?と感じました。

ここではとても興味深い話を聞きました。それは、ヘブル語の1という数は単数形ではないという話です。意味合い的には、「ハーモニー」「綺麗な和音」のイメージでみたい。混ざり合っているものでも1つという意味があるということで、父、子、聖霊という三位一体の概念や、男と女が一つになるという夫婦の概念もなるほど!とすんなり入るそうです。

さて、コラジン、ベツサイダ、カペナウムはマタイの11章では呪われた町として描かれています。当時、この3つの町は栄えた町でした。今でいうならば、東京の銀座、表参道、恵比寿とかそんな感じでしょうか?イエス様はそのような場所にたくさんの罪びとと一緒にいました。貧しい人、臭いのきつい人、目をそむけたくなるような人たちを大勢つれて歩いていたのです。銀座に浮浪者がたくさんいたら私たちはどう思うでしょうか?「TPOを考えて!」とか「ふさわしくない」と差別したと思います。まさにそれが律法学者やパリサイ人たちの反応でした。

神様は私たちの心を見ておられるのですよね。悔い改めと神に仕える動機をが大切なことをもう一度思うひと時となりました。

 

だんだん晴れてきましたよ~!

 

バスで移動ののち、ゲラサ地方へ。コラジンやカペナウムから反対岸です。

(この日は前日の雨のため、当初予定していた5千人のパンの奇跡の場所へは立ち寄れませんでした。足元がぬかるんでいるとよくないとのガイドさんの判断でした。もし次にイスラエルに来ることがあれば、ぜひそちらも訪れたいな。)

 

ゲラサは、当時デカポリスの一部で、ローマの支配下にありました。つまり異邦人の町です。イエス様は、この異邦人の町に住む、たった一人の悪霊につかれた男性を開放するために、湖を渡ってきたのでした。(しかも、嵐の中を。)この人は気味が悪く、だれからも愛されない人でした。

聖書を読むと、イエス様は船に乗って向こう岸へ行こうと伝え、嵐にあっています。弟子たちは嵐におじけづき、イエス様に助けを求めます。しかしイエス様は不信仰を指摘し、風に向かって叱ります!(# ゚Д゚)

ですがよく考えてみると、イエス様はすでにこの時に、自分を数時間後に迎えるであろう悪霊つきの男にフォーカスしていたのかもしれませんよね?だから、静まれ!と嵐を叱りつけ、旅を続行させた…と思うと納得がいきます。これがもし弟子だけの伝道旅行だったら、命の危険を冒してまでも嵐の中を湖を渡って会いに行く価値なんてない人ですので、さっさと引き返していたことでしょう。(私が弟子ならそうします。)でも、イエス様は違うんです。

イエス様の愛、どれだけ深いのぉ?

 

と叫びたくなります。

イエス様は、罪人を愛しました。そして自分の生きる意味を知っていたので、このサタンに束縛されたたった一人のためにガリラヤ湖を渡り、対面し、そして解放してあげました。

きっと神様の御旨を計り知れなかった弟子たちは「嵐でやれやれ助かった〜」のあとに悪霊付きの人が出て来たら、一難去ってまた一難と、イエス様といると変な奴までついてくるなぁとかうざったく思ったかもしれませんよね。でも、この時のイエス様の行動一つ一つが弟子たちにとってはすごいロールモデルであり、模範であり、だからこそ弟子たちはペンテコステの後、力を受けた時にはあんなにも大胆に悪霊を追い出したり、イエス様の権威をもって、また愛を持って行動できたのかなと感じました。

 

結局、聖書によるとこの後、悪霊は豚に入り、その豚たちが湖でおぼれ死んでしまったため、現地の人には「どうか出て行ってください」と言われ、後にも先にもイエス様はこちらには来ていません。

 

イエス様はみんなが見捨てて、あきらめちゃった人をあきらめず、見つけ出します。そうやって私も見つけてもらえたことの感謝が、この地で(´;ω;`)ブワッってでてきました。

 

実は、ツアーの参加者全員が、ここで特別な霊的な啓示を受けたりして、後の証し会で分かったことなのですが、予定変更で訪れたのに、実は神様がここに初めから連れてきたかったのだと確信に変えられた時間でした。

 

このゲラサで癒された人は、イエス様についていきたいと願いますが、イエス様はここでとどまるように言います。福音書にはイエス様と一緒に来るように言われる人と、とどまるように言われる人がいます。ですが、単にとどまるのは信仰が足りないとか、準備ができていないということではなく、イエス様はあえて、のちの計画のために残すことがあるという話もありました。ゲラサではこの人がそうでした。

 

この人だけが救いを受けました。きっとこの人はサマリヤの女のように、イエス様の素晴らしさをデカポリス地方で伝えたことでしょう。そしてそれはローマ人やデカポリス地方を通ってシリアやレバノン方面にも伝わるでしょう。もしこの男が留まって福音を伝えなければ、「イエス様は悪霊を豚に追いやった恐ろしい人」という噂だけで終わってしまいます。イエス様の本質的な愛や神様の救いの計画、つまり福音が広がらないわけです。イエスの死と復活は当時の一大ニュースですから、きっとこの悪霊から癒された男の人がそのニュースを知った時、イエス様の福音を地域で伝える大きな役割をしたのではないかと思います。しかも、この人しか直接イエス様に会って癒してもらった人はいないとなったらどれだけこの人の存在意味は宣教的な観点からみても大切だったことでしょう。

イエス様はそんなことまでももう考えて、この人に「あなたはとどまりなさい」と話したのかもしれません。

以上、ガイドさんが話してくれました。

 

ルカ8:22から39までのたった何十節の中には神様の壮大な計画があったのだと気づかされました。

 

説明を聞いた後の景色は、イエス様の愛を受けてまた一段と柔らかく感じました。

 

美味しいご飯を食べた後は、ベトシャンへ。

こちらは模型です。

現在も遺跡の発掘作業をしています。有名なところだとサウル王が殺されて、首を取られるところです。

ローマの雰囲気がすごく出ています。

ローマ兵のための劇場⬇︎ (すごく音響いいのよ)

⬇︎ローマ式お風呂のあと(テルマエロマエの世界じゃぁ笑)

⬇︎ローマ式集団トイレ 笑

 

 

そしてサウル王とヨナタン王子の死体がさらされた丘

(遠くヨルダンが見えます)

 

帰国後、主人と地図をみていると、ベトシャンは本当に栄えた町だったのだとわかります。エルサレムやサマリヤ方面、ガリラヤやダマスコ方面に向かう道がこの町に集中しています。イエス様もおそらく、ガリラヤ方面からエルサレムに行くときは必ず通られたのではないかと思います。

サウル王の遺体を引き取るところのいろいろな話もすごく興味深くてメモってあるのですが、ゲラサの話をたくさん書いたので、そちらはまたいつかってことで…。

 

 

ヨルダン川西岸地区を横目にみながら、一向エルサレムに向かいます。

 

ツアー最終日が静かに幕を下ろそうとしていました。

お宿の猫ちゃん。