Archive for 2019/06/28

結婚セミナー

早いもので来週は7月ですね。2019年という年も半分を折り返します。

ホームスクールも夏休みに向けてラストスパートです。ちなみに、のんちゃんは9年生が終わろうとしていて、9月からは10年生です。そして、はーくんは10月から高校2年生のカリキュラムが始まりますが、今はすべてのレポート、スクーリング、年度末試験を終えて成績表を待つのみです。今は去年の秋にストップしていた8年生の残りのPACEを勉強したりしています。

さて、冒頭の写真は、そんな学年末の中、夫婦で結婚セミナーに参加しました。教会で行われる1日セミナーです。講師はシンガポールの教会で牧会されているボナファシオ牧師夫妻です。先生は「レゴの法則」という本も書かれているので、是非、興味のある方はこちらも。

結婚の4つのキーワード「信頼」「愛」「赦し」「コミュニケーション(関係)」から配偶者との関係について、自分自身との関係について、また神様との関係について教えを受けました。たくさんの目からうろこ的な教えがある中で、一つ、牧師先生が「愛に関してプロになってはいけないよ。愛に関してはアマチュアであれ」と話された言葉がとても心に刺さりました。どこか、ミステリアスなところが愛を深めるそうなのです。聖書もそうですよね、神様のことも、全部わかったら必要がなくなってしまうように感じます。どこか、わからないから、惹かれるし、神様はそんな風に夫婦をデザインされたようにも感じます。

今年は結婚20周年記念ですが、夫婦の中で気づかない間に習慣になっていることがあるなぁと感じます。会話の運び、相手の強さも弱さもだんだんわかってフォローもできるし、効率化はすすんでいます。でも、そんな時ほど、「神様は私たちに何をされたいのか?」と聞く必要があるなと思いました。「よくできた、わかった風な妻」になることをサタンは誘惑してきます。だから世の中には「素敵な奥様」になる雑誌や情報で溢れかえっているのですよね。

私はそこを目標にはしないと決心しました~。なんか、楽です。

大学生の娘がこの夏は浴衣を着て友達とお出かけしたいとのことで、先日、彼女の浴衣を仕立ててきました。

帯の結び方はよくわからなかったのですが、着付け教室の先生が特別レッスンをしてくださり、文庫結びを教えてもらいました。今年の夏は、浴衣を着て鎌倉にでもかき氷を食べに行きたいです。

ちなみに次の日、私は名護屋帯を練習しにレッスンに行ったのですが、3週間ほど間が空いたら、すっかり着方を忘れてしまい、先生に猛特訓を受けました。

あまりにすっかり忘れてしまったので、2時間レッスンを2回、さらに1時間の自主練。それでも1週間後に忘れそうな気がして、帰り際に練習用の安い帯を買って帰りました。

浴衣を着て、帯の結び方を猛特訓です。

コンベンション

かなり前なのですが、6月中旬の週末に開催されたチアにっぽんのコンベンションに家族で参加してきました。

土曜日は、主人(仙台から帰ってきた)も長女(大学がお休み)も長男(前日に沖縄から帰宅)も参加することができました。やはり、家族全員で参加できることがとても嬉しいです。

全体的な感想から…

私だけかもしれませんが、新しいホームスクールの波が来ているように感じます。すでにホームスクールの勉強時期を過ぎて、大学生、社会人となっているファミリーもあれば、学童期のホームスクールで忙しさがピークのファミリー、ホームスクールを始めたばかりの熱心なファミリーなど、いい意味でいろいろなシーズンの家族がいました。そして、今回はコンベンションはお休みと示されている家族もいるのかな?とも…。子供たちはそれぞれLITで奉仕していたし、長女もOBで交わりをしていたし、私と主人はのんびりのんびり過ごしました。

コンベンションでの内容は、いつも神様が最高のタイミングで語ってくださいました。「ホームスクールって何?」という問いの答えにシンプルに行きつくような感じです。メインスピーカーのヒュブナー夫妻は「ホームスクールとは、学校に行かず、家で勉強していることをいうのではない」とはっきりおっしゃっていました。北米ではホームスクールの権利もかなり認められていますので、イエス様抜きのホームスクールというのもあるのだろうなと思います。また、クリスチャンの教材をやっているからクリスチャンホームスクールということではないとも…。

ホームスクールは、親と子供が四六時中一緒にいるなかで、福音を生きるということだと思います。私は罪びと、子供たちも罪びと、そして私たちは罪深い世界に生きている中で、24時間神様を中心に、福音を実践することが本質なのだと改めて思いました。

また、ここから新たなスタートです。

アートクラスへ

6月のアートクラスは

アジサイがテーマの作品でした。

青を際立たせる補色、紫を際立たせる補色を教えてもらい書いた作品だそうです。こんもりとした青と紫の鞠がかわいらしいですね。

じめじめした空気をこの絵ががらりと変えてくれました。

さっそくラーニングセンターに飾って、朝のモーニングエクササイズの時にレッスンの様子や教えてもらったことを発表してもらいました。

もう何年も通わせてもらっているアートクラス、感謝です。

ENGLISH 1107のPACEで必要な本

9月始まりののんちゃんは、9年生がいよいよ終わろうとしています。夏休みまで残り3週間を切りましたから、今は各科目の学年最後のPACEに取り掛かっています。そんな中、Englishの1107番ペースに上記の本が必要なことがわかりました。

ペースの1ページ目に本が必要と書かれているところをスーパーバイザーがサインをするのですが、「本があるかしら?」と調べてみたところありませんでした。そこでLCAの先生に問い合わせて、送ってもらうことになりました。ちょうど、LCAの卒業式の時と重なってしまい、なかなかメール返信がなくて心配しましたが、3日後くらいに連絡可能になりました。よかったよかった。

在庫があるのですぐに送るよまではうまくいったのですが、送料の話になったので、「勉強に必要な本を入れなかったのはそちらのミスなので…」と、主人にビシーッとそのあたりメールで書いてもらいました。言ってはみるものですね、請求はなしで、すぐに送られ、昨日届きました。

9年生の方は、この本があるかチェックしてくださいね~。

父の日

父の日のプレゼントに「子供たちと過ごす時間」をプレゼントしました。子供たちとパパの4人を脱出ゲームへご招待。いつも国内・国外に出張で忙しく、子供たちと一緒にいることができないパパを無理やり密室に押し込む作戦です(笑)

9つの部屋にそれぞれクイズがあり、それを時間内に解いて脱出するのだそうですが、

結果は8つ目の部屋まで制覇。最後の部屋へはたどり着けませんでした。時間切れ(制限時間は50分)になってしまったの。直後は楽しいっていうよりも頭を使って忙しかった~と話していたけれど、時間がたてば楽しかったみたい。喜んでもらえてよかった。

パパ、いつもありがとう。

脱出ゲームについて知りたい方は、こちら。横浜ではアソビルの2階にあります。

映画を見に行きました

今日は、友人と八ヶ岳にトレッキングに行く予定でした。ホームスクールもお休みで、自主勉強の日として設定していたのですが、昨日の地震を受けて、朝、延期としました。

そこで、ぽっかり一日が空くことに。

神様からの贈り物のような一日。勉強してもよかったのですが、せっかく休みとしてスケジュールしていたので、フィールドトリップの日にしちゃいました。

のんちゃんとはーくんと3人で、みなとみらいの映画館へ。実写版アラジンを観に出かけました。

最近、我が家ではとある映画館のプレミアムシートで映画を観ることにはまっておりまして、プレミアムっていうとちょっとお席も広くて、もちろんお値段も少し上がるのですが、なんと無料のドリンククーポンが付いてくるので、毎回ドリンクとポップコーンを手にして映画をみる我が家にとっては結局支払うお金はほとんど同じという、なんともありがたい席なんです。

今日もその映画館へ行こうってなって、あと10分で始まっちゃう、急がなきゃ~とわさわさしながら、ジュースやらポップコーンやらを買ったのですが…さぁ、いざ劇場へ!ってなったその時に息子が一言

「ママ、今日は映画に連れてきてくれてありがとう」と発しました。

我が家で「気の利いたことをいう」専門家ののんちゃんを差し置いてそんなことを言ったもんだから、私、立ち止まっちゃいました。のんちゃんも慌てて「ママ、ほんとにありがとうね」と付け加えるくらいだったから…。

ジュースを片手に持っていたので、ハグはできませんでしたが、肩に手をポンと置いて、

「どういたしまして。今のお礼の言葉、最高のタイミングで言えたね!すっごいよかったよ!」と笑顔でめちゃめちゃ応えてほめました。

息子にはセラピーを何年もやってきたけれど、去年の冬の始めにABAで会話の介入を本格的に始めてから、ちょっとずつ進歩してるなと手ごたえは感じてましたが、今日、ついにお礼の言葉を最高のタイミングで言えるまでになりました。

映画はとても楽しみにしていたけれど、ママは「ありがとう」って言われたことで自分の心が報われたことがもっと嬉しい。また、明日から、頑張ろうって気持ちになりました。

今年のACEセミナーについて

今年の秋のACE教育者セミナーのチラシが送られてきました!

このセミナーはACEの教材で教えている先生やその関係者が年に1回集まる集会です。私も毎年、参加させていただいていますが、毎年、励ましだけをもらって帰ってきています。

私にとって、いわば、温泉のような集会です!

もしACEのホームスクールで悩んで疲れてしまっていたり、子供のことでどうしたらいいのかわからなくなっていたりしたら、是非、参加してみてください。

神様の愛のお湯に浸かり、元気をもらいましょう!

スクーリング

先週、長男が沖縄へ行き、帰ってきました。通信制高校に通っていますので、年間に数日のスクーリングが法律で定められています。春先に、通いの東京校か、宿泊の沖縄本校かを選ぶように連絡が来ていました。本人ともそうですが、彼のユースパスターやセラピストさんの意見も交えながら、大きく一歩を踏み出してみることにしました。

かわいい子には旅をさせろ!と言いますが、「生きて帰ってきたら大成功!」というような気持ちで送り出しました。ユースパスターの「夏の沖縄なんて、楽しそうだし、何よりもイエス様も出て行って(GO!)と励ましているから、すごくいいチャンスだと思うよ」という一声が本人のスイッチを入れたようでした。

そして、結果…

生きて、帰ってきました~( ;∀;)

そして、ちょっと日焼けもしてました (^_-)-☆

沖縄という地域でしかできない活動(体育の授業が海とか、沖縄の伝統的な染物をしたりとか)もあって、スクーリングというよりは、修学旅行的な雰囲気が彼の話から感じました。これから、じっくり時間をかけて、その5日間がどうだったのか、聞いて見たいと思います。

今週末が、レポート締切日です。最後、すごく追い込んでおります!総合学習の最後の作文です。今日中に出せるかしら?

神様はいつも最高のタイミングで…

先週末はチアコンベンションでした。そちらで感じたことはまた別に書くとして、最近、子育てで感じたことをちょっと書きたいと思います。長くなるかも…。

去年、イスラエル旅行に行ったのはこちらのブログでも書きましたが、旅から戻り感じたのは、イスラエルの歴史や地理を実はあまり知らないということでした。そこで、今年から聖書通読をするときに、地名が出てきたら地図で確認してみたりということをしていました。そんな中、列王記、歴代誌に通読が突入。混乱するイスラエルの歴史の中で、聖書では1行で書かれていることの背景をもう少し知りたいなと思って、この漫画を夜寝る前のひそかな楽しみとして読み始めました。

マンガ 聖書時代の古代帝国 という本です。興味のある方はこちら

この漫画で、聖書の行間を少し垣間見ることができ、聖書の理解が深まったのはもちろんなのですが、牧師先生に勧められた「年代順に聖書を読む」という方法での聖書通読がですね、これまたどっこいすごくいいのです。そこで気づかされることがびっくり。例えば、歴史書を読み進めていると突如詩篇が順番に来ます。そうすると、その詩篇はこのような背景で読まれたのかと恵みが今までの二倍、三倍になるのです。

最近の通読はイスラエル王国が滅びて、いよいよユダが滅びようとしているところです。イスラエルが政治的に混乱していく中で預言者が警告しています。ハバクク、エレミヤが神様にどうして滅ぼすのですか?と叫ぶ中、神様は神殿は滅ぼされることを伝え続け、信仰に生きることの本質を伝えていきます。でも神様の計画は壮大で、ユダがもう風前の灯火の中、同時期にバビロンでダニエルたちが神様によって選ばれていることを見ると、なんと歴史は壮大で、神様が支配されているのだろうかとその神様の大きさに畏敬の念が生まれます。と共に、神様の父なる愛が私の中にどば~っと流れ込んでくるようです。冒頭の漫画の知識も助けてくれて、本当にかみしめることができました。

この後、神殿は壊され、そして、エズラ、ネヘミヤによって再建されるのですが、「ダビデ/ソロモンの神殿づくり→神殿の破壊→エズラ、ネヘミヤによる再建」の図式を見た時に、これは、人の成長ではないかな?という気づきが与えられました。

私もホームスクールで子育てし、祈りとみ言葉でその時その時の最善を子供たちにしてきたつもりですが、やはり親も罪人ですから、失敗もあります。懲らしめが行き過ぎて子供に怒りを教えたり、かわいがりが転じて自惚れを植え付けたりしているのです。そして、ティーンエイジャーになるころに、それが実となって出てくるのですね。そして、そこからは、子供自身が神様の関係の中で、もう一度信仰の土台を固める時期が来るのだと思います。時には表面的な反発もありますが、うちに潜む根深い罪もあるでしょう。

私はこんな風に思いました。

ソロモンの神殿は、親のダビデの準備がありました。ここは子供時代のホームスクールです。親の導きの信仰生活がその時期です。そしてその後、継承された王国時代がティーンの時期のことです。子供が親の目を盗んで何かをしたり、さぼったり、悪い考えに走ったりするのを見ることは、ことの大小にかかわらず胸が痛みます。「反抗期だから」と放っておくことだけが、ティーンとの付き合い方ではないと私は思います。この時期に大切なのは、ユダの王国のように、悔い改めと赦しを求めるということの習慣だと思います。ユダには悪い王様と良い王様が順番に出てきますが、悪い王様の後、良い王様が出てきたときは、改革があり、そしてお祝いがあります。ティーンのアップダウンはまさにそんな感じなように思います。そして、最後に子供たちは本当に神様の前に降伏するという時が来るように思います。私もティーンの子供たちを育てて、圧倒的な神様の計画と神様の愛を受け取るのに、時に知識やクリスチャンの礼儀的なものが邪魔をしているように感じる時があります。これは、親が正しく神の愛を示していない親の罪です。(もちろん、子供も罪びとだから、受け取り手の罪でもあるけれど…)もっとシンプルに受け取ればいいのにと思うのですが、ティーンの我が家の子どもたちにはそうもいかないところがあります。ここを見つめている時間が親としては、本当に苦しいです。あえて、失敗するのを見ることはもどかしいと思います。そして時にクリスチャン的常識が壊れた方がいいと感じる時があります。ユダの人々も、「神殿には神様がいるのだから、イスラエルが陥落することはない」と思っていました。しかし、神様はそこを壊して、神様と誠実と真心をもって関係を持つことを望まれたことを見る時に、神様は土台を作り直したかったのではないか?という思いが与えられました。私の子育ても然りで、ティーンの子供たちが大人へと成長していく中で、土台がもっと固くなる必要があるように思います。そのためには神殿は邪魔な建造物にすぎないのかな?と…思うのです。

もちろん、今の時代に生きる私は、その後の神殿の再建を知っているのでこんな風に気楽に思えるのかもしれません。ですが、こんな風に神殿とホームスクール(子の躾)を結び付けて考えてみた時に、今まで、私はソロモンの神殿に固執してしまっていたのかしら?とも思うようになりました。「どうしてこうなってしまったのだろう?」「何が悪かったのだろう?」「まだ足りないのだろうか?」という思いにかられ、子供たちの成長の勢いについていっていませんでした。神様の御心を求めることよりも、修繕したいきもちが強かったのですね。きっと…。ですが、ある時「土台のために、神殿は壊れた方がいい」という思いになった時に、ティーンの母親として何か肩の荷が軽くなったというか、「神様、私が作った城壁なんか壊しちゃってください。そしてあなたが立て直してください」とむしろ壊れることを求めるような気持ちになりました。そして神様への期待があふれ出てくるようでした。

先日のチアのコンベンションでも、ホームスクール卒業生の証しやその後の歩みを聞き、神様のカバー力のすごさを語っていたので、私も心から「アーメン!」という気持ちになりました。勝手な解釈になってしまいますが、「どの子供たちも、ティーン時代にその親の作った神殿は壊され、そして土台がもう一度作り直されて、むしろ前よりももっと素晴らしい歩みが得られている」とつよく感じました。ティーンを育てることに不安を覚えるお母さんたちは、是非、聞いてもらいたいな~。

神様はいつも素晴らしいお方ですね。