イスラエル旅行記⑨  ガリラヤ湖周辺

こんばんワニ!🐊

久しぶりのイスラエル旅行記です。なかなか終わりませんが、もう数日続きま〜す。お付き合い、よろしくお願いします。

前日、エルサレムから移動し、ガリラヤ湖畔のホテルに到着しました〜。

これから数日、ガリラヤ湖やイスラエル北部を旅します。

 

この日は前日の長い移動もあったため、ガリラヤ湖畔をぐるぐる回るコース(=つまり移動時間が短い軽め)の日でした。

 

こちら、山上の垂訓の丘です。

前にも書きましたが、四国ほどしかないイスラエルという国は南北で気候が全然違うのですね。

南は砂漠ですが、北は緑が生い茂っているとても美しい季節のイスラエルです。

向う側にガリラヤ湖を見下しながら、自然いっぱいの丘の上を歩き、イエス様の教えを思い起こす時間をとりました。

きれいなお花たち。

山上の垂訓(マタイ5章から7章)は個人的に思い出のある聖書箇所です。

その箇所を聖書を片手に読みながら、湖に向かって歩きました。

イエス様の声が聞こえそうな気がしました。その時の情景を肌で感じ、においや温度も、5つの感覚すべてを使って取り込みたい気分でした。最高に贅沢な時間でした。

娘の名前の由来になった「野の百合」(ルカでは野の花)はありませんでしたが、そこら中に花が咲いていて、イエス様はこんな野の花をみて、慈しみを感じ、かわいらしいと感じ、そして、愛でられたんじゃないかと感じ、私も同じ気持ちになりたいと思いました。

 

ゆるゆる歩きながら、湖の岸辺へ。

ここは、ヨハネの福音書21節でペテロが復活のイエス様に個人的に出会い、話をし、そして「愛しますか?」「愛します。」「私の羊を飼いなさい」と三度やりとりをした場所です。

 

イエス様を3度裏切ったペテロ。そして、和解をする間もなくイエスさまは死なれました。その時のペテロの心情はどうでしょうか?思いめぐらす貴重な時間となりました。

個人的なことですが、私は次女を出産後、自分の容体が急変し死の淵をさまよった経験があります。そしてその時私が主人と最後にした会話は

「愛してるよ」とか「ありがとう」といった相手を思いやる言葉ではなく(笑)

「お父さんとお母さんに娘の誕生を知らせておいてね」

「子供たちの保育園の迎え(当時はホームスクールしてなかったの)、よろしくね」

といっためっちゃ事務的な会話で、私の容体が安定し、主人ともう一度再会した時に涙を流して喜びあったのですが、

最期の会話があんなにならなくて本当に良かった

 

と心底安心したのを覚えています。

 

湖畔では、その時の自分の気持ちにペテロの気持ちを重ねてみたりもしました。ペテロも「あの場面でイエス様との関係を終わらせたくない」というそんな気持ちだったのかな?と思いました。

個人的な見解ですが、まさかイエス様(=メシアで王、生ける神キリスト)があんなに簡単に十字架で死なれるとは思いもしなかったのかもしれませんよね。

思えば弟子たちはイエス様が復活するまで、「死んで三日ののちによみがえる」という預言を思い出せないでいましたし、死ななければならないという預言を聞かされた時も、ペテロは全力でそのことを否定して、イエス様に怒られていました。

 

そんな失敗だらけのペテロの人生でしたが、ヨハネ21章のイエス様の様子は本当に優しくて、優しくて、まさにこれこそ神対応(神なんだけれどさ)ですよね。なるほど、ペテロがその後大胆に証しをする者に、別人のごとく変えられたのがわかります。赦しを経験した人は強いですね。

ガリラヤ湖は水もきれいで、魚がすぐそばをたくさん泳いでいました。(写真だと見にくいですが…)

 

この日も通訳を頑張る我が夫君。

カペナウムにも行きました。

こちら、カペナウムの会堂跡です。

カペナウムに来てから、はっと気づいたのですが、ここはマルコ2章に出てくる場所でした。

中風の人が4人の友人に連れられて、イエス様のおられる会堂に来るものの入れず、屋根をはがしてイエス様の前に釣り降ろされるというあの箇所です。

またまた個人的な話なのですが、この聖書箇所も個人的な思い出がありまして。まぁ、本当に個人的なので「そんなに興奮する?」って思われても仕方がないのですが、私が非言語な息子をどう教育したらいいのか分からなくて困っていた時に、このみ言葉を神様から与えられて、それで、息子とホームスクールする目的と元気をもらえたんです。ある意味、ここは私のホームスクールをする理由の原点でもあります。

 

まさか、この場所がツアー日程に入っているとは思ってなかったので、密かに一人、

感動に浸り

写真を撮りまくりました。

 

そしてこちら、ペテロの家の後です。会堂と隣り合わせで、今は教会がたっています。

教会の床がガラスになっていて、遺跡が見られます。

 

その後、おいしいランチを頂いて…

 

こんどは近くのマグダラへ

こちらのマグダラの遺跡は、カトリック教会が母体となって遺跡を掘り起こし、保存やいろいろな建物を建てていました。(ガリラヤ湖畔です)

そして、こちらの遺跡、なによりも1世紀の遺跡ということで、「実際にイエス様がおられたものだと思う」とガイドさんも興奮気味に話していました。

 

というのも、西暦70年、ローマによって神殿が破壊された後に建てられた会堂は(カペナウムのものもそうだったそうですが)神殿の方向に向かって建築されているそうなのですね。ですが、こちらは1世紀のものでおそらく70年前に建てられたと思われていて、その理由として建築物の設計上、神殿の方向とはあさっての方向に建てられているとのこと。そのような理由からもイエス様の活動時代の遺跡と断定できる貴重な遺跡となっているそうです。

ところどころで、まだまだ遺跡調査がされておりました。

写真の右の円柱の石の前の四角い石(奥)をよく見ると、石の両端にくぼみがあるのがわかりますか?おそらく、この石は机で、巻物の旧約聖書を読むのに使われた、もしくは写本するのに使われたと考えられているそうです。

 

 

さて、マグダラに建てられていた新しいカトリック教会は、説教台を含む前方部分が船の形になっていて、後ろがガラス張りのため湖が見えるのですね。そして、説教者がそこに立つとガリラヤ湖に浮かぶ船からメッセージをされているように見える設計になっていました。すごくモダンでおしゃれでした。

 

その後、ガリラヤ湖の遊覧船に乗りました。

ボートの操縦士さんもクリスチャンの方で、自分の船でワーシップミュージックをかけて、歌うのが喜びと話していました

証しを聞いた後、軽快な音楽が流れて、みんなで大きな輪になりました。

湖の真ん中で歌ったり、踊ったり、楽しいひと時を過ごしました。

この時、20代の若い世代チームはわーわー喜んでいたのですが、60代70代世代チームは(メシアニックジューの皆さんの証しや自分がイスラエルにいることに感動して)涙が止まらなくて泣きながら踊っていたそうで、ある姉妹が聖書のみ言葉に照らし合わせてすごく預言的な時間だったと証してくださいました。

 

この日は夕方にたくさん時間があり、

主人とガリラヤ湖に行き、すこし水につかってきました。

私は早々に上がりましたが、主人は他の教会の皆さんと一緒におしゃべりしながら泳いでいました。

この日も30度に近い暑さだったので、気持ちよかったです。

 

続きます。

 

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